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アングル:頻発する気象災害、保険枯渇と融資リスクの懸念も

2020年03月24日(火)12時35分

 500年に1度とされる大洪水に見舞われたオーストラリア北西部クイーンズランド州の海岸地帯は、一部住民が洪水で家を失ってからわずか1年で、住んでいた場所かその近くに建った新居に引っ越しつつある。写真は2017年3月、洪水被害を受けたオーストラリアのタウンズビル南部。代表撮影(2020年 ロイター)

[シドニー/ロンドン 15日 ロイター] - 500年に1度とされる大洪水に見舞われたオーストラリア北西部クイーンズランド州の海岸地帯は、一部住民が洪水で家を失ってからわずか1年で、住んでいた場所かその近くに建った新居に引っ越しつつある。

銀行は長期の住宅ローンを全国平均並みの金利で喜んで提供した。半面、保険会社は契約締結により慎重になっている。保険会社は同州の都市タウンズビルを見舞った洪水で12億4000万豪ドル(約812億円)の損失を被ったからだ。

カレンと名乗る男性が言うには、自宅が洪水で駄目になり、約15キロメートル離れた場所に新居を買ったところ、保険料は以前よりも350%値上がりした。次にまた洪水が起きる事態に備えるということだとしても、進んで払いたいと思う金額ではない。

「地元ではここ(タウンズビル)を『ブラウンズ(茶色い)ビル』と呼ぶ。それほど乾き切った土地だった。だから、たった1回、洪水が起きたからと言っても保険会社がこんな極端な反応をするのはフェアじゃない。500年に1回の洪水だったのだから、自分が生きている間にまた起こることはない」。

銀行も、この男性と似たような考えに見える。新築住宅と中古住宅向けの長期融資資金はなおも広く受けることができる。これに対し、保険会社は選別色を強めている。

保険仲介業者の話では、保険大手アリアンツはタウンズビルで新たな保険引き受けで案件を選別するようになった。サンコープやQBEなどは大規模集合住宅向けの保険提供を停止した。保険各社は洪水が500年に1回のレベルの災害だったことには同意するが、気候変動でこうした出来事の頻度が上がったと主張する。

こういった銀行と保険会社の対応の違いは、気候変動に関連した洪水や森林火災など異常気象で打撃を受けた先進国のどこでも見受けられることだが、規制当局や金融業界幹部は懸念を強めている。保険が効かなくなりつつある建設プロジェクトやインフラ事業、不動産向けの長期融資を銀行が積み上げているからだ。

異常気象は不動産価格を押し下げ、銀行は住宅ローンや大型商業プロジェクト向け融資で焦げ付くリスクにさらされかねない。保険の対象にならなければ、物件の所有者は維持費用を払い切れなくなるかもしれない。

金融界でとりわけそのリスクを心配している1人が、資産運用世界最大手、米ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)だ。フィンク氏は今年1月の年次書簡で、保険が枯渇する状況になった場合の銀行に対するリスクを警告。火災保険や洪水保険に入れなくなれば、銀行は「金融の主要な建築ブロック」とも言うべき30年物住宅ローンを提供できなくなるかもしれないとの見方を示した。

イタリアのベネチアは高潮が定期的に起きるだけでなく、気候変動で洪水が悪化しているため、保険会社は洪水保険の提供を拒んでいる。

タウンズビルの洪水では、銀行への打撃はそれほど大きくはなかった。保険会社が敬遠しても、国内大手銀行に支援される形で新規住宅開発は好調が続いている。

オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)の社会・環境リスク責任者マシュー・マーフィー氏は「銀行としては、顧客が保険をおおむね得られるし、選ぶ保険も潤沢にあると想定するものだが、それが変わりつつある」と指摘。「変わったのは暴風雨であれ火災であれ他の災害であれ、より深刻な気象上の被害が起きる可能性への認識だ」と語った。

<微妙な状況>

住宅と気候変動を巡って、銀行と保険会社の対応が食い違うことがもたらし得る危険については、金融業界の最高レベルでも意識されてきた。

銀行は世界中で気候リスクを理解するための取り組みを強化し始めているものの、変化が遅い。16日退任のイングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁は、金融サービス会社に圧力をかけてきた1人で、気候リスクとこれを軽減する計画について理解を深め、情報開示も強化するよう後押ししている。

気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォース(TCFD)の2019年調査では、銀行は気候リスクの事業への影響について、いくつかの分野では多くの他の業種より適切に取り組んでいる。リスクのモデル化では、科学専門家のチームを擁し何百年分ものデータを駆使する保険会社が先行するが、気候変動への対処はまだこれからだ。

各国の規制当局は、まれなはずの自然災害が常態化していることにいらだちを強める。その中でもオーストラリアは銀行と保険会社への気候リスクのストレステスト実施で、イングランド銀行の後を追っている。オーストラリアの銀行と保険会社の協議に直接関与する筋は「われわれは銀行と協議中だ」と話す。「だが解決策は見いだせていない。扱いにくい事柄なのだ」

保険がないことで痛手を受けるのは常に発展途上の市場だったが、問題は現在、それを超えて拡大している。

米カリフォルニア州は近年、森林火災で甚大な被害を受けてきたが、州当局によると、2015年と17年にこの影響を受けた地域では18年、保険契約が更新されないケースが10%増えた。州当局は19年12月、保険各社に被災地で保険更新を不可にするのに1年の猶予をつけるよう義務付けた。同州は気候リスクから不動産を守るための資金調達として起債も計画している。

一部の米銀は気候変動の影響を受けた地域に過度に融資しないよう慎重になっているが、フロリダ州やカリフォルニア州など洪水が起きやすい州で融資の縮小はしてはいない。

しかし、ハリケーンに見舞われやすいテキサス州やフロリダ州などでは、投資家は米住宅ローン担保証券市場で売りを仕掛けている。洪水マップが最新化されていないことを問題視しているためだ。

チューリッヒ保険グループのピーター・ギガー最高リスク責任者は今年1月、業界のイベントで「もはや歴史を信じられない。天候のパターンが根本的に変わった」と語った。

<不良債権>

タウンズビルの洪水から1年経過したところで銀行が融資を渋っていない一因は、住宅ローンの返済が30日以上滞っている顧客の比率にある。洪水後には2%から2.3%に上がったが、その後すぐに1.9%に下がった。

銀行は自治体や連邦政府からの支援も受けており、借り手の生活再建を助けるため、返済の一部繰り延べもいとわないことがしばしばだ。

これまではこうした方策がうまく機能してきた。しかし、政策当局者は洪水や火災が長引きやすくなっている可能性を懸念する。これが住民の大規模な転出を誘い、銀行の不良債権の急増を招く事態も考えれられる。

昨年12月にニューサウスウェールズ州の一部で発生した大規模な森林火災は、オーストラリアが抱える問題の規模も浮き彫りにした。火災は休暇シーズンのピークを台無しにし、消費支出に打撃を与え、何千もの住宅を損壊し、犠牲者も多数出した。被災地でのローン延滞数は急増すると見込まれている。

格付け会社ムーディズはオーストラリアについて、より頻繁になり、より深刻になる自然災害が、同国の銀行の最大収益源である1兆8000億豪ドル規模の住宅ローンの信用の質へのリスクを高めていると警告。保険大手IAGは、気候変動で既存の住宅に保険が適用されなくなる事態が始まりかねないと予想している。

(Swati Pandey、Carolyn Cohn、Simon Jessop記者)

ロイター
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