コラム

ISが引き裂くエジプトと湾岸諸国

2015年02月27日(金)10時19分

 ヨルダンは、人質にされたパイロットを「イスラーム国」組織(以下ISと略)に焼き殺されて以降、怒り心頭で積極的に対IS攻撃に取り組み始めた、と前回のコラムで指摘した。それに続いて先週は、エジプトがブチ切れた。

 2月15日、キリスト教徒のエジプト人21人がリビアで、ISに拉致され殺害された。ネットにアップされた同胞の無残な姿はエジプト人の国民感情を刺激、翌日16日にはエジプト軍が、ベンガジ東部の海岸の街ダルナに拠点を置く武装集団に空爆を行った。リビアには数十万人のエジプト人が出稼ぎなどで滞在しており、自国民の保護のためには単独でも報復が必要と考えたからだ。

 このことが、今大きな波紋を呼んでいる。まず第一に、欧米諸国やアルジェリア、チュニジアなどの近隣国が、リビアの混乱状態に必要なことはまず政治解決、と考えてきたのに、エジプトが後先考えなしに攻撃したこと。第二に、攻撃を巡ってアラブ諸国が真っ二つに、というよりエジプトが他のアラブ諸国から孤立して、対IS戦線が混乱をきたしていることだ。

 2011年にカダフィ政権が崩壊して以降、リビアでは各派入り乱れての内戦状態となってきたが、シリアほどに国際社会の注目を浴びてこなかった。ただ、シリア同様に、域内諸国は何らかの形でリビア内戦に関与しており、代理戦争化していた。トルコとカタールがイスラーム系の諸組織を支援し、エジプトとUAEは非イスラーム主義系を支援していた、と言われる。よって、エジプト軍によるリビア空爆には、カタールが賛成しなかった。

 そこにエジプトが、カチンときた。カタールといえば、ムバーラク政権転覆以降、2012年から一年間、エジプトの政権を担ったムスリム同胞団を支援していたことがよく知られている。現在のエジプトのスィースィー政権は、その同胞団政権を2013年に打倒して成立した政権だ。以来、カタールとスィースィー政権下のエジプトは冷戦状態にあり、昨年秋にカタールが自国に亡命していた同胞団員を追放し、年末にはサウディアラビアの仲介でようやく関係改善にこぎつけたところだった。にもかかわらず、カタールは再びエジプトの行動にいちゃもんをつけた。対してエジプト政府は、「カタールはテロリストを支援している」と糾弾、今度はカタールがエジプトから大使を引き揚げるまでに発展した。

 カタールとの不協和音程度であれば、さほど深刻ではない。だが、今回エジプトが衝撃を受けたのは、同じくカタールの同胞団支援を嫌い、エジプトの軍事政権を支えてきたはずのサウディアラビアなど、他のGCC(湾岸協力機構)諸国の姿勢だ。GCC諸国はカタールを擁護して、エジプトの行動を諌める態度を取った。GCCはその後改めて「エジプトを全面的に支持する」と表明したが、亀裂は根深い。サウディアラビアやUAEからの財政支援でもっているエジプト経済だが、昨年後半の半年間、湾岸産油国からの支援は一昨年から比べてわずか2%に減ってしまったと、エジプト財務省は指摘している。

 アメリカに対するエジプトの不満も大きい。ヨルダン人パイロットの殺害事件に比べれば、欧米諸国からのエジプトへの同情は少なく、むしろエジプトの報復攻撃に対して、米国防総省は「事前に聞いていない」と突き放した。米政府は同胞団政権を事実上のクーデタで倒したスィースィー政権に最初から懐疑的だったし、同政権がジャズィーラ衛星放送の記者など、報道関係者を逮捕、拘束したことも、表現、報道の自由の侵害だとして批判的だったのだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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