コラム

日銀が無限に国債を買えば「無税国家」ができるのか

2015年03月05日(木)16時13分

 日本銀行の黒田総裁が2013年4月に「マネタリーベースを2年で2倍にして2%の物価上昇率を実現する」と宣言してから、まもなく2年になるが、1月の消費者物価指数上昇率(生鮮食品・消費税を除く)は年率0.2%まで低下し、4月にはマイナスになるとみられている。彼の約束した「デフレ脱却」は白紙にもどるわけだ。

 このような日銀の失敗で、政権との微妙なスタンスの違いが目立ってきた。安倍首相は昨年末の解散をみずから「アベノミクス解散」と名づけたのに、今国会の施政方針演説の中で「アベノミクス」は1回しかなく、金融政策にはまったくふれなかった。

 首相は「2%のインフレ目標にはこだわらない」という一方で財政政策に重点を移し、「成長して税収を増やせば財政は健全化する」というようになった。2020年にプライマリーバランス(国債費を除いた財政収支)を黒字化する中期財政計画の目標を放棄し、「政府債務のGDP(国内総生産)比」という曖昧な目標に転換しようとしている。

 他方、インフレ目標が挫折した黒田総裁は、量的緩和から撤退する出口戦略を考えて始めたようだ。2月の経済財政諮問会議では、彼が首相に「財政の信認が揺らげば将来的に金利急騰リスクがある」と警告したが、この言葉は議事録から削除された。量的緩和をやめると金利が上がるので、黒田氏は財政再建の目標を放棄されては困るのだ。

 そんな中で、新たに日銀政策委員に起用された原田泰氏の発言が注目を集めている。彼は朝日新聞のインタビューでこう語っている。


 日銀は国債をコストをかけずにただで買っている。10兆円分の国債を購入して、仮に2割損してももうけは8兆円ある。日銀の利益は国庫に渡ってきた。国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ。


 日銀が国債を「ただで買っている」というのは誤りである。首相も「輪転機をぐるぐる回せば、20円の紙で1万円のお札を発行できるのだから、9980円の通貨発行益がある」といったが、これは錯覚だ。

 日銀は銀行から国債を買うとき、それに対応する日銀券を渡している。これは日銀の負債だから、国債という負債を日銀券という負債と交換しているだけだ。ただし日銀券には金利が発生しないので、国債の金利分だけ通貨発行益が発生する。これが国庫納付金として政府に収められるが、年間数千億円の規模である。

 原田氏は「2%のインフレ目標を設定すればインフレが起こって、日本経済の問題は解決する」と主張するリフレ派だった。さすがに最近の状況をみて見込み違いを認めたが、インフレにならなくても景気がよくなればいいという。

 インフレなしで景気をよくする方法は、バラマキ財政しかない。政府が補正予算で10兆円ばらまけば、国民所得統計には10兆円が計上されるので、GDPは確実に2%増える。それがこれまでアベノミクスで景気が上向いてきた最大の原因である。原田氏を起用した安倍政権は、金融政策から財政政策に舵を切ったとみることもできる。

 政府が財政再建を放棄し、日銀がその国債を買い支える財政ファイナンスは、危険な賭けだ。さすがに黒田総裁は危険を感じているようだが、原田氏は「日銀は政府の一部だから政府はいくら国債を発行しても大丈夫だ」という。彼の論理によれば、政府の負債は日銀の資産と相殺されるので、税金を廃止してすべて国債で調達すれば、無税国家ができる。

 これなら財政再建目標も必要ないが、問題はそんなフリー・ランチがあるのかということだ。日銀が国債を無限に買い続けると、どこかで国債が暴落して金利が上昇する。そのとき「金融緩和を縮小すれば暴落は防げる」と彼はいうが、そんなコントロールが可能なら、金融危機は起こらない。リーマン・ショックも、FRB(米連邦準備制度理事会)が止めることができたはずだ。

 安倍首相も原田氏も政府が経済を完全にコントロールできると信じているが、黒田総裁はそう信じていないようにみえる。このように政府と中央銀行の考え方が食い違うのは、危険な兆候である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ワールド

タイ、入国規制を厳格化 海外渡航者2人がコロナ感染

ワールド

中国、米の台湾への武器売却巡りロッキードに制裁へ

ビジネス

英GDP、5月は1.8%増にとどまる V字回復期待

ワールド

マレーシア野党、早期の総選挙を視野 首相の支持ぜい

MAGAZINE

特集:台湾の力量

2020-7・21号(7/14発売)

コロナ対策で世界に存在感を示し、中国相手に孤軍奮闘する原動力を探る

人気ランキング

  • 1

    東京都、新型コロナウイルス新規感染206人 4日連続200人台、検査数に加え陽性率も高まる

  • 2

    新型コロナの起源は7年前の中国雲南省の銅山か、武漢研究所が保管

  • 3

    世界へ広がる中国の鉱物資源買収 オーストラリア・カナダ両国が「待った」

  • 4

    24歳年上の富豪と結婚してメラニアが得たものと失っ…

  • 5

    中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊は…

  • 6

    GoToキャンペーン「感染防止に注意し活用を」菅官房長…

  • 7

    抗体なくてもT細胞が新型コロナウイルス退治? 免…

  • 8

    なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?──経済、…

  • 9

    中国・長江流域、豪雨で氾濫警報 三峡ダムは警戒水位3…

  • 10

    「自粛要請」で外出を控えた日本人は世界に冠たる不…

  • 1

    「金正恩敗訴」で韓国の損害賠償攻勢が始まる?

  • 2

    中国・長江流域、豪雨で氾濫警報 三峡ダムは警戒水位3.5m超える

  • 3

    科学者数百人「新型コロナは空気感染も」 WHOに対策求める

  • 4

    中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊は…

  • 5

    東京都、新型コロナウイルス新規感染206人 4日連続2…

  • 6

    生き残る自動車メーカーは4社だけ? 「ゴーン追放後…

  • 7

    24歳年上の富豪と結婚してメラニアが得たものと失っ…

  • 8

    中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで…

  • 9

    世界へ広がる中国の鉱物資源買収 オーストラリア・カ…

  • 10

    「香港国家安全法」に反対の立場を取ったトルドーに…

  • 1

    中国・三峡ダムに「ブラックスワン」が迫る──決壊はあり得るのか

  • 2

    「金正恩敗訴」で韓国の損害賠償攻勢が始まる?

  • 3

    国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉

  • 4

    中国・長江流域、豪雨で氾濫警報 三峡ダムは警戒水位3…

  • 5

    科学者数百人「新型コロナは空気感染も」 WHOに対策求…

  • 6

    世界最大の中国「三峡ダム」に決壊の脅威? 集中豪…

  • 7

    中国・超大国への道、最大の障壁は「日本」──そこで…

  • 8

    孤立した湖や池に魚はどうやって移動する? ようや…

  • 9

    東京都、新型コロナウイルス新規感染107人を確認 小…

  • 10

    ポスト安倍レースで石破氏に勢い 二階幹事長が支持…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!