<テレビやラジオでも活躍する講談界の風雲児、神田松之丞が2月11日、六代目神田伯山を襲名した。なぜ彼はこれほどまでに注目を集めるのか――。2018年8月に行われたロング・インタビューより>

神田松之丞から、六代目神田伯山へ――。2020年2月11日、人気・実力を兼ね備え、講談界を飛び出してテレビやラジオでも活躍してきた神田松之丞が真打に昇進した。

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1983年、東京都豊島区に生まれた六代目神田伯山は、2007年に講談師の神田松鯉(しょうり)に入門。2012年に二ツ目に昇進し、たちまち頭角を現した。今では講談界随一、いや講談界の歴史においても異例とも言えるほどの人気を誇り、八面六臂の活躍を続けている。

六代目神田伯山の松之丞時代に密着したムック『Pen + 1冊まるごと、神田松之丞』(CCCメディアハウス)が刊行されたのが、2018年10月。このたび、その『Pen +』をベースに、新たに記事を加え再編集した書籍『Pen BOOKS 1冊まるごと、松之丞改め六代目神田伯山』(ペンブックス編集部・編、CCCメディアハウス)が刊行される(2月15日発売)。

ここでは『Pen BOOKS 1冊まるごと、松之丞改め六代目神田伯山』から一部を抜粋し、3回に分けて掲載する。第1回は、2018年8月に行われた松之丞時代のロング・インタビューの一部を掲載。

●抜粋第2回:松之丞改め六代目神田伯山の活躍まで、講談は消滅寸前だった
●抜粋第3回:爆笑問題・太田光が語る六代目神田伯山「いずれ人間国宝に」「若い子も感動していた」

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インタビュー&文・九龍ジョー

テレビやラジオの出演も増え、想像以上のスピードとスケールで突き進む講談界の風雲児が、現在の状況と未来の展望を語る。

――私が初めて松之丞さんの高座を見たのは三年前の深夜寄席でした。その時からこの人は人気出るだろうと思っていましたが、ここまでのスピードとスケールは予想していなかったです。

松之丞 いや、自分でも想像以上に速いと思っていますよ。やっぱり時代なんでしょうかね。

――その速度感も含めて、松之丞さんだけ違うルールで動いているように見える時があるんです。特にテレビやラジオに出演している時の振る舞いなどを見ていると。

松之丞 それで言うと、何よりもまず、食い扶持(ぶち)として講談がありますからね。それ以外のことは基本的にいつやめたってかまわない、というスタンスなんですよ。色々なテレビの芸人なんかも、昔はそういう感じだったと思うんです。でも、どんなに失うものがなさそうな人でも、徐々に背負うものができてくるじゃないですか。番組や他の出演者、スタッフのことも考えなければならないし。そこへいくと、僕はしょせんピン芸なので、守るべきものが師匠(神田松鯉=しょうり)と講談しかない。しかも、メディアに出ていたという意味では以前に(神田)山陽(さんよう)兄さんがいましたけど、それでもやはり、いまだに講談は視聴者にとって少し斜め上のジャンルなんですよね。歌舞伎でもないし、落語でもない。そういうよくわからないものをしょってるやつが何かルールから逸脱するような動きをしたとしても、きっと批判しづらいんでしょう。

自分の理想の講談師像を、ずっと追求している。

――不思議な立ち位置だと思うんです。松之丞さんの年齢でこれだけメディアで注目されれば、収入的にも、キャリアプラン的にも、タレント業が主戦場になったっておかしくないわけじゃないですか。

松之丞 でも、そこでの僕の強さは、本丸として講談があり、メディアに出るのは「宣伝のため」とわりきっているからこそなんですよ。ただ、ラジオ(『神田松之丞 問わず語りの松之丞』)に関してだけは、もともと僕自身、ラジオリスナーだったので、こだわりがありました。いまのラジオ番組ってコンプライアンスとか自主規制で縛られている状況がすごく滑稽に見えたんですよね。「いや、俺だったら、もっとこういうラジオが聴きたいな」っていう。......でも、それを言ったら、まあ講談も同じか。「こういうラジオが聴きたい」っていうのと同じように、「こういう講談師を見てみたい」っていう理想が僕の中にあるんです。

――芸事の場合、修行期間中はあまり売り出さずに芸を磨く、という美学があったりしますよね。また、本人にとってもそのほうが幸せな場合もある。

松之丞 欽ちゃん理論にもありますよね。「つまらないってレッテルを一度貼られてしまうとあとがきついから、実力蓄えてから出なさいよ」って。

「僕ぐらいの30代のやつが出てくるほうが意外といいのかも」