日本は世界でもまれな地震国だ。戦後最大級の被害をもたらした1995年の阪神・淡路大震災のあと地震は頻発し、2011年には東日本大震災が起きた。新潟県中越地震、熊本地震、能登半島地震なども相次いだ。

被災地ではさまざまな社会問題が浮かび上がるが、文化芸術の領域においても心の復興という抜き差しならない課題が立ち現れる。なかでも熊本県は最大震度7の大地震を2016年とことし2026年の2度経験した。被災後、どのような文化活動があったのか、熊本県立劇場の対応をふりかえる。

同劇場の館長を務める政治学者、姜尚中氏は1950年、熊本市生まれ。東京大学退職後、埼玉県上尾市の聖学院大学の学長を経て2016年、熊本県立劇場館長に就任した。2023年には熊本市に移住している。姜氏に震災に直面した際の劇場のあり方、アジアへの視点、故郷への思いなどについて伺った。劇場の宮家郁子事務局長も同席したインタビューを2回にわたりお届けする。 

内田 10年前、2016年の熊本地震からふりかえっていただこうと思います。最初、4月14日にマグニチュード6.5、2日後の16日にマグニチュード7.3の大地震に襲われました。1月1日に館長に就任されてから間もないときですね。

姜 ちょうど1回目の地震のあった4月14日に県立劇場で会合があって、僕は熊本ホテルキャッスルの10階に泊まっていた。正直にいうと、これでなにもかも「終わり」だと思ったわけです。どうして地震はここまで恐怖心をつくるんだろう。同じ自然災害でも天から降ってくる災難、雨や台風と比べても、地の底からくる地震ほど生き物に恐怖心を与える自然災害はないんじゃないですか。あの時、間抜けな話だけれども、僕は東京にいると思った。東京でよく宿にしているホテルが30階近くだったから、これで東京も終わりだなと思って、でも、よく考えてみたら熊本だった。そういうトンチンカンな顛末でした。そのころは熊本に通う立場で、まだ熊本に骨を埋めるという意味での終活ではなかったわけですけれど。

内田 私は阪神・淡路大震災のとき、神戸の激震地で震度7を経験しています。地の底に恐ろしい人格のようなものを感じ、世界が終わるという恐怖を味わいました。地震後の心の復興には文化芸術の力が欠かせないと痛感しています。

素晴らしい劇場が足かせに
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