元衆院議員の下地幹郎の立候補取りやめはメディア上でも大きな話題になったが、調査に基づけば3万票〜4万票だと推計できる。沖縄県内で10数万票を動かす参政党が独自候補の擁立に動けば票の分散は必至だ。歴史認識問題を抱えるリスクはあるにせよ、推薦がベターであるという判断は現実的だった。
金城も自ら動き、神谷宗幣に推薦を要請している。ここに日本保守党も含めて6党推薦という形が取れたことは、結果的に政党色を分散させる効果になった。リスクよりも結集の利得が上回った形だ。世代を超えて、地域経済の未来を描き、分裂の芽を摘めるかぎり摘んでおく。財界の本気度が古謝を支えていた。
オール沖縄の限界を予言
沖縄県政の特徴は保革対立に加え、財界がプレイヤーとなっている点に見出すことができる。保守系は革新・大田昌秀県政から奪還を果たした98年県知事選で当選した石油販売「りゅうせき」出身の稲嶺恵一、通産官僚から転じて「沖縄電力」社長まで務めた仲井眞弘多と2代続けて知事を輩出してきたし、稲嶺をバックアップするために有力企業が集まった「六社会」は地元政界の語り草である。
革新県政においても、財界が有力な役割を果たしてきた歴史がある。たとえば大田県政初期は副知事として仲井眞を起用していたし、財界とのコミュニケーションも相応に重視していた。
そもそもオール沖縄も自民党の大物をトップに据えて、保守系、革新勢力、財界で支えているからこそ「オール」を名乗る資格を得ていた。玉城陣営はそんな歴史と原点を軽視してしまった。
※この記事は前編です。後編は10月2日にアップロードされます。
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