玉城県政では辺野古移設をめぐる国との対立もあり、知事自らが霞ヶ関、永田町に出向き予算獲得をアピールする機会も減っていた。決定的な亀裂が入ったのは財界主導で返還予定の米軍基地の跡地活用を議論する「GW2050プロジェクツ推進委員会」の立ち上げだ。

推進協議会には那覇市など主要自治体が加わっているのに県は加わらない。観光以外の新しい産業創出という沖縄の重要課題に向けて県はあまりにも消極的と見なされてもしかたない。「翁長さんは自分は基地問題、財界との対話や陳情取りまとめは副知事とルートを役割をわけていた。現職はそれすらもやらない」と不満はたまっていった。

「批判は若者に響かない」

そこに新世代の動きも重なる。古謝陣営は大きく3つのグループに分けることができる。第1にオールド財界である。これは金城、前田に加えて沖縄電力出身の石嶺伝一郎ら実力者によるグループが組織された。県内大手はほぼ固まっており、いわゆる「財界」との対話はここで完結する。

第2に「G.O.K.U」(玄太と沖縄を語る宴)という若手経営者の集まりだ。高校、大学で古謝の同窓で、同世代である福地組社長の福地一仁がまとめる200人ほどのいわば財界新世代である。

古謝陣営の現場ではG.O.K.Uを中核に若手が実行部隊を担い、選挙戦略においても重要な役割を果たした。古謝は街頭演説でも現職の批判を最低限にとどめて、県民所得を増やすことや観光業以外の産業誘致を全面に押し出して語った。実はこうした方針に対し、年長の財界人からは「今、何が悪いのかを批判しないと現職を追い抜けない」という声が上がっていた。そこに「批判は響かない」「自分たちのビジョンを伝えた方が若年層に届く」と主張したのは若手たちだ。

今の世代は対立そのものが嫌い
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