「癒やし系」は、日本で生まれた独特の物語ジャンルだ。日本メディア研究者のポール・ロケによると、穏やかな世界観によって疲れた読者や視聴者の心を癒やすことを目的とし、一般的な物語に欠かせないとされる対立や葛藤がほぼない点が特徴だ。
この発想は、西洋の伝統的な物語論とは対照的だ。脚本界の権威であるロバート・マッキーが「物語は葛藤によってしか展開しない」と述べるように、対立はストーリーを動かす原動力と考えられてきたからだ。
一方、癒やし系作品が読者に提供するのは、「暖かい毛布にくるまり、紅茶を飲み、ふわふわの靴下をはいてくつろぐような、温かさと安心感」であると教育者のパトリシア・タンは述べる。
「癒やし系」という言葉は「癒やし」と類型を示す「系」を組み合わせた日本語だ。1990年代のバブル崩壊後の長期不況の中で広がり、社会に漂う不安や閉塞感を背景にメディアに浸透していった。
癒やし系は、とりわけ漫画で大きく発展した。日本漫画の市場規模は2023年時点で世界で約140億ドルと推計され、癒やし系の代表作には、いずれもアニメ化・ドラマ化された『ゆるキャン△』『おじさまと猫』『ふらいんぐうぃっち』『少女終末旅行』『ARIA』『ミイラの飼い方』などがある。
なかでも孤独な初老男性の神田とペットショップで売れ残っていた猫のふくまるが家族になっていく『おじさまと猫』には、敵も大きな事件もほぼ出てこない。ふくまるのおもちゃ選びに悩んだり、神田のピアノ演奏に耳を傾けたりと1人と1匹が少しずつ心を通わせ、穏やかな日常を築く姿を読者が見守っていく。
癒やし系作品が海外で広く知られるきっかけの1つとなったのが、高屋奈月の『フルーツバスケット』だ。98年に連載を開始し、世界累計発行部数は3000万部を超える。両親を亡くした少女・本田透と草摩(そうま)家の交流を通じて、一族が抱える心の傷や世代を超えたトラウマを解きほぐしていく。葛藤や対立も描かれるが、その中心にあるのは傷ついた人々が他者との関わりを通じて少しずつ回復していく過程だ。
修辞学研究家のエリカ・アリベットが「登場人物も読者も苦しみ、悲しみ、そして癒やされていくプロセスを共有している」と指摘するように、孤独や喪失、暴力、鬱を経験した読者に深い共感と安らぎをもたらす物語となっている。
こうした癒やし系作品が広く受け入れられた背景には、日本社会が近代化や技術革新の過程で経験した不安やストレスがある。社会全体が強い緊張にさらされる時代だからこそ、人々が文化や物語を通じて心の回復を求めると多くの研究者はみている。これは漫画を通じて健康を考える「グラフィック・メディスン」や患者の物語を医療に生かす「ナラティブ・メディスン」とも通じる。
癒やし系作品が国内外で支持される背景には、現代社会は対立が多すぎるという共通した問題意識があるのかもしれない。冒険や激しいドラマではなく、静かな日常の中にある安心や思いやりを描く癒やし系は、物語が持つ、もう1つの可能性を世界に示している。
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J. Andrew Deman, Professor of English, University of Waterloo
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