3つ目は、イギリスで絞首刑となった最後の女性、ルース・エリスの事件だ(1955年)。彼女は愛人を計画的に射殺した。
当時の陪審は、この事件に複雑な点があるとは考えず、わずか20分で有罪評決を下した。
だが、幼い2人の子供を持つ28歳の若い女性を絞首刑にするのは野蛮だという空気があった。エバンスとベントリーの2つの事件に対して感じたほどの憤りを、僕はこの事件には感じなかったことを覚えている。1980年代後半当時、男女平等に対する僕たちの考え方からすれば、男性が殺人で絞首刑になるなら、女性も同じように処刑され得るという感じだったのだろう。
現在、彼女にも条件付きの死後恩赦が与えられた。これは有罪判決を覆すものではなく、死刑が不適切だったと認めるものだ。エリスは、殺害した男性から肉体的、精神的な虐待を受けており、事件の少し前には腹部を殴られて流産もしていた。
こうした事実は弁護の際に一切提示されず、仮に提示されていたとしても、当時はその重大性が十分に理解されなかっただろう。実際、エリス自身もこの点をそれほど強く訴えなかった。彼女は殺意があったことをすんなり認め、控訴も望まなかったため、弁護団はほとんど何も手の打ちようがなかった。
実質的には、虐待の心理的影響について現代の人々が持つ知識に基づいて、彼女に改めて量刑が言い渡されたようなものだ。今なら、それは重要な情状酌量の材料と見なされるだろう。
また彼女は、別の愛人男性から銃を渡され、現場まで車で送られていた。今の時代なら、彼女が取らなかったかもしれない行動をその人物が誘発し、手助けしたと判断され、彼女自身の責任は軽減されることだろう。
もちろん、誤用の司法事例が3件だけでは、統計的に意味のあるサンプルとは言えない。だが参考までに言えば、エバンスとベントリーはいずれも知能に問題を抱えていた。3人全員が労働者階級だった。エリスは売春婦だったため、社会階層では最も下にいたとも言えるが、一方で中流階級に近い生活を送り、小さなナイトクラブを経営していた。
偶然にも、エバンスとエリスはいずれもロンドンに暮らすウェールズ人だった(ウェールズ人はイギリス人口の3%未満だ)。それも追い打ちをかけた可能性がある。単なる労働者階級ではなく、ウェールズ出身の労働者階級だったのだ。
無理を承知で言えば、この3つの事件は、ある種の人々が死刑にされやすいだけでなく、不当に死刑にされやすい可能性も示唆しているのかもしれない。