──一方で「勝者のジレンマ」がある。今、勝っているが故に次のフェーズに移りにくい。当時の家電メーカーにもその意識があったのでは。
過信も油断もあった。ライバルが今どこにいて、彼らは一体何を考えて次に何をするだろう、と予測するための「Bチーム」を常に自分の中に作らなければならない。
日本の弱点をどう見て、日本を引きずり降ろすには、誰がどこと、どう手を組んで攻めるかのシナリオ演習を常に行い、それに先回りして対抗する戦略を練らなければならない。そうした想像力が欠けていた。
ある歴史家によれば、世界の帝国史の中で戦前の大日本帝国ほど栄華が短かった帝国はない。日本は短期決戦型で、目先の勝利に酔いしれがちだ。日本は「持続的に優位を保つ」戦略が苦手なのではないか。
──「国民安全保障国家」という概念を提案されている。これは従来のエネルギー安全保障や経済安全保障といった個別の安全保障を超えて、国民全体を守るという発想だ。
有事に対する備えが、日本は本当に欠けている。だから国民を守れない。福島にしてもコロナ禍にしても、本当に国民を守っていたのか。PCR検査もワクチン接種もオンライン診療も遅れた。病床も全く空かない。
戦後、日本は「国民・市民の自由を国家から守る」ことはずいぶん進歩した。これはよかった。しかし、「国民・市民の生命と財産を国家に守らせる」ことはまだまだ下手だ。その体制をつくるのが「国民安全保障国家」の建設だ。
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