ナゴルノ・カラバフ紛争の歴史
アルメニアとアゼルバイジャンは、ナゴルノ・カラバフとして知られる地域の帰属をめぐり、数十年にわたって激しい戦争を繰り広げた。
国際的にはアゼルバイジャンの一部と認められていたものの、1990年代初頭のソ連崩壊後、アルメニアの支援を受けたアルメニア系部隊によって数十年間支配されていた。
実際、2023年まで、住民約10万人の大半はアルメニア系住民だった。
1990年代初頭と2020年の2度の戦争により、数万人が死亡し、多数の住民が避難を余儀なくされた。
第一次カラバフ戦争(1988~1994年)は、アルメニア人とアゼルバイジャン人の間で勃発した。この戦争では約3万人が死亡し、100万人以上が避難を余儀なくされた。戦争の結果、アルメニア側がカラバフとその周辺7地区の一部を支配するに至った。
2020年に6週間にわたって続いた第二次カラバフ戦争では、アゼルバイジャンが周辺7地区とカラバフの3分の1を奪還した。
アゼルバイジャンは2023年9月、電撃的な攻勢を開始し、同地域の完全な支配権を回復した。同地域のアルメニア人当局は速やかに停戦に同意してバクーに降伏。その後、同地域に残っていたアルメニア人住民のほぼ全員が難民としてアルメニアへ避難した。
2025年8月には、アゼルバイジャンとアルメニアの首脳が、敵対行為の終結を目指して米国の仲介による歴史的な和平合意に署名した。しかし、数十年に及ぶ紛争を正式に終結させる平和条約への署名には至らなかった。
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