このところ急浮上している新常識がある。いわく「今度の戦争と、6月半ばにイラン側と交わした覚書はアメリカにとって壊滅的な敗北だ。1970年代のベトナム戦争よりひどい負け方だし、56年のスエズ危機で撤退に追い込まれたイギリスと同じくらいの屈辱だ」と。
ご冗談を。
アメリカがイスラム共和国イランをノックアウトしたとは言うまい。だが大差で判定勝ちしたのは確かだ。
2月28日のイラン戦争の開戦以来、アメリカは次々と強烈なパンチを繰り出した。米大統領ドナルド・トランプの掲げた目標(イランの核開発と通常戦力、防衛産業の基盤、そして指導部に深刻な打撃を与えること)の大半は、今回の「エピック・フューリー(壮大な怒り)」作戦で達成された。
それまでの数十年間、イランはアメリカの国家安全保障に対する最大級の脅威であり続けていた。しかし今は、79年のイラン革命以降で最も弱体化している。
旧指導部は一掃され、新指導部は殺害を恐れて身を潜めている。その経済はハイパーインフレで危機的状況にあり、今年のGDP成長率は前年比6%減と予測される。戦争被害はイラン政府の試算で2700億ドル。軍事力は大きく損なわれ、もはや米軍と渡り合う力はない。しかも現体制は国民から見離されており、周辺諸国とも深い溝ができた。
イラン国民に「援軍が向かっている」と約束したのも嘘ではなかった。そもそもアメリカとイスラエルが大規模な軍事作戦に踏み切ったのは、昨年末からの全国的な反政府デモを力ずくで弾圧し、多くの国民を殺害した政権を許さないためだった。だから最高指導者のアリ・ハメネイをはじめ、虐殺を指揮した指導部の多くを殺害した。あれで今後のイランの指導者は、同じ道を選べば同じ運命をたどると思い知らされた。
今回の戦争で体制の転換が起きなかったのは事実だ。しかし体制転覆がアメリカの戦略の主要かつ一貫した目的だったことは一度もないし、そもそもアメリカ政府の一存で決められる話ではない。アメリカは今度の軍事作戦で(トランプの約束どおり)イランの民衆に蜂起の機会を与えたが、なぜか彼らは立ち上がらなかった(あの大虐殺の直後では無理もないが)。
アメリカは今回の戦争で大量の武器弾薬を使い果たし、それでもイランを屈服させることができず、結果として「アメリカは弱い」というメッセージを世界に送ってしまったという議論もある。
とんでもない。この戦争は、アメリカには依然として大規模な軍事作戦を実施する意思も能力もあるという事実を世界に見せつけた。もはやロシアのウラジーミル・プーチン大統領も中国の習近平(シー・チンピン)国家主席も、NATO加盟国や台湾に攻撃を仕掛けても米軍は動かないなどと、高をくくってはいられまい。
今度の戦争で米軍は実戦経験も積んだ。一方の中国人民解放軍は何十年も実戦を経験していない。イランで新しい戦術や技術を試した米軍の経験は、ヨーロッパやアジアの戦線でも役に立つはずだ。