「私の考え方には欠陥があった」

強いインフレ警戒姿勢で知られ、完全雇用よりも物価安定を重視する人物との評価を受けていた。

しかしもしトランプが、政策だけでなく立ち居振る舞いによって権威を示すFRB議長を求めているのなら、その原型はグリーンスパンだろう。

彼の実績は、FRB議長職を極めて個人的なものに見せた。

グリーンスパンは、いつ発言し、いつ言葉を濁し、いつ行動し、そしていつ市場の想像に任せるべきかを知っているように見えた。

しかしその後、「議長崇拝」を揺るがす公聴会が訪れる。

2008年、住宅バブルが崩壊し、米国発の世界金融危機が発生した直後、グリーンスパンは米下院の監視・政府改革委員会に召喚され、自分の考え方に欠陥があったことを率直に認めた。

「世界の仕組みを説明できると信じていた私の考え方には、欠陥があった」

グリーンスパンが言っているのは、金融システムに対する自由放任主義的なアプローチのことだ。

自らの神話を打ち砕く驚くべき告白だった。

グリーンスパンは、自分に知性や威厳、経験が欠けていたと認めたわけではない。何十年も機能しているように見えた中核的なモデルが失敗したことを認めたのだ。

危険なのは「無能な議長」ではない。問題はもっと根深い。長年にわたり正しいと見える判断をし続けた人物を見ると、「この人は不確実性を克服した」と過信してしまう人間の心理そのものだ。

もちろん、議長は単なる飾りではない。5月22日にFRB議長に就任したウォーシュはすでに、議長が組織のスタイルを変え得ることを証明しつつある。

FRBを変え始めたウォーシュ
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