世界が遠のく時代 ──コスト高騰という現実

バロ・デヴェル『Qui som?(キ・ソム)―わたしたちは誰?』
バロ・デヴェル『Qui som?(キ・ソム)―わたしたちは誰?』 © Christophe Raynaud de Lage

かつての演劇祭といえば、世界中から多くの劇団が詰めかける華やかな場であった。しかし今、SPACは厳しい現実に直面している。

コロナ禍以降、航空運賃の高騰により海外からのアーティストを招聘するための費用は倍近くまで膨れ上がった。さらに日本国内でも輸送費や人件費をはじめとするあらゆるコストが高騰している。

この経済的な逆風により、今年の演劇祭でも海外招聘作品の数はかつてより少なくなっている。だが、だからこそ一作一作の「必然性」は増しており、石神ADは「今、ここで出会うべき他者」を厳選してプログラムを編み上げている。

今年の招聘作品は、ヨーロッパ・フランスとカタルーニャ拠点の「バロ・デヴェル」による『Qui som?(キ・ソム)―わたしたちは誰?』、シンガポールの「テアター・エカマトラ」による『マライの虎―ハリマオ』、フィリピンとスリランカのアーティストによるダンス作品『マジック・メイド』の3本。コスト高騰という制約のなかで、石神ADが「今ここで見るべき必然」を絞り込んだラインナップだ。

また、東南アジアと日本の劇作家のための3年間にわたる国際プログラム「BIOTOPE(ビオトープ)」も本年度より始動。国際交流基金との共催により、招聘に代わる新しい国際連帯の形を模索する試みでもある。

衝撃のダンス作品 ── 袴田巌さんの「歩行」を出発点に

今年の演劇祭でもっとも議論を呼ぶであろう作品の一つが、振付家・下島礼紗による新作ワーク・イン・プログレス(創作過程の中間発表)公演だ。

タイトルは『さあ環境に抵抗しよう、死に抵抗しよう。そうさ生に抵抗するのさ、』。この強烈な言葉は、1966年に起きた強盗放火殺人事件で死刑判決を受け、48年間の拘禁ののち2024年に再審無罪が確定した袴田巌さんの獄中書簡から取られている。

下島は、テレビで見た袴田さんの「歩き方」に衝撃を受けたと語る。

「48年間の拘禁生活の中で、極限状態で生まれてきたその歩行がこれほど明確であることに感動した。その歩行を、SPACの俳優と共に試みたい」

袴田さんの置かれた境遇や48年間という時間、状態の再現不可能性を前提として、袴田さんの「歩行」を出発点に、不条理な環境に対して抗い続ける人間のあり様に正面から向き合う試みだ。当事者が今も静岡に暮らすなかでこのテーマに挑むことには、劇団としての大きな覚悟が感じられる。なお本作は2027年の完成版初演を目指して創作が続けられており、今回の上演はその創作プロセスを公開するものとなる。

世界が熱狂するSPAC、地元での「静かなる課題」
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