SHIZUOKAせかい演劇祭の石神夏希アーティスティック・ディレクター
SHIZUOKAせかい演劇祭の石神夏希アーティスティック・ディレクター NEWSWEEK JAPAN

「劇場に来ていない誰か」と、新しい物語を編み直す──石神夏希

SPACは2025年の秋シーズンから、宮城総監督が全体を統括し、石神ADがシーズンのプログラムを具体的に構成するという新体制に移行した。今年の演劇祭でも石神ADがプログラムのディレクションを担当している。

宮城総監督はSPACの目指すべきところを「頂高く、裾野が広い富士山型」と例える。石神ADの役割は、その高い芸術性を維持したまま、「これまで劇場に来なかった人たち」と繋がり、地域の物語にも耳を傾けながら、その登山道を設計することにある。

── 演劇祭のコンセプトに込めた思いを教えてください。

石神: 私はこれまで劇場の外で活動することが多く、「どうすれば劇場に来ない人と出会えるか」を常に考えてきました。今年の演劇祭のキャッチコピーは「『せかい』はあなたの隣に住んでいる」です。かつて「世界」は遠い場所にあるものでしたが、今は手のひらの中や、すぐ隣に住んでいるのに見えない存在になりました。その異質な他者とどう折り合い、共存していくか。それを肉体を伴って想像する場所が劇場でありたいと考えています。

── 新作『うなぎの回遊 Eel Migration』では、浜松など県内に住むブラジルにルーツを持つ方々が出演する。このモチーフを選んだ理由は?

石神: 浜松など県西部には大きなブラジル人コミュニティがありますが、静岡市に住んでいると日常ではなかなか接点がありません。一方で「うなぎ」は、産卵のために日本の川からマリアナ諸島付近の深海まで約3000キロもの距離を行き来する不思議な生態をもっています。この「地球規模で旅をしながら生きていく姿」と、さまざまな理由で海を越えて移動してきた人々の家族史や移住の記憶を重ね合わせたいと考えました。これまで公に語られる機会の少なかった声が舞台の中心に据えられることで、観客にとっても「自分に関係のある物語」として立ち上がるはずです。

SPAC新作『うなぎの回遊 Eel Migration』
SPAC『うなぎの回遊 Eel Migration』2026年2⽉のワーク・イン・プログレス公演 より (撮影:鈴⽊⻯⼀朗)

── 移民については今、世界中で「排外主義」や自国ファーストの空気が強まっている。演劇はこれにどう対峙できますか?

石神: 確かに今の閉鎖的になりつつある社会は「狂っている」と感じることもあります。でも、だからこそ劇場は「正気を保つための装置」でありたい。社会から背負わされた「あなたはこういう人間だ」という固定的な物語に殺されそうになっている人がいるなら、演劇を通じて「違う物語があり得るんだ」と気づいてほしい。今ある現実とは違う可能性を、俳優と観客が同じ空間で一緒に想像することで、隣人を信じてみるためのリハーサルのような場にしたいのです。

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