ジェームスは機嫌がよかった。瓶ビールを持っていたと思う。大きな体のおかげで瓶はおもちゃに見えた。また、ジュニス医師の隣で笑ったり、他のスタッフのからかいに異論をはさんだりしているのは若き日本人女性スタッフ菊地寿加(すが)さんだった。小さな体でエネルギッシュに話をする彼女は、すでによく飲んで明るかった。

フランス人ヴィアネ

少し一緒におかずをつまんでから、俺は海が眼前に広がる高層階ベランダに出た。周囲のビルの灯がチカチカとまたたいていた。そこに一人の痩せたヨーロッパ人男性がいて、煙草を吸っていた。若いが髭面を見ると旅慣れたヒッピーにも見えた。

「こんばんわ、日本から来ました」

「やあ聞いていますよ。ヴィアネ・デルピエールです」

「セイコーです」

そこからしばしポツポツと言葉を交わすと、彼ヴィアネが翌日の朝に母国フランスへ帰ることがわかった。プロジェクト・コーディネーターとしての8ヶ月のミッションを終えたところだというのだ。

すでに送別会は済ませてあったそうだから、ジョーダンたちが少しフォーマルないでたちを心がけていたのはリカーンのメンバーを迎えるためだったようだが、むろんヴィアネへの感謝がなかったわけもない。

しかしヴィアネ自身はといえば淡々とベランダで海の闇を見る。

彼はアフリカや中東を経てマニラに来ていた。もともとは学生の頃から人道主義者で、その延長線上で電気技師としてMSFに参加し、その後ロジスティシャンとして活動地に必要な物資を輸入し、管理してきたという。

「なぜMSFに入ったか......そうだな、答えはひとつに決められないな。姉が活動に参加していたけど、だからといって僕が今こうしている理由かどうかわからない」

ヴィアネはわかりやすい解答を拒んで、困ったように微笑んだ。

少し考えて俺は言った。

「ただ、君は今とても満足してそうだけど」

「あ、ああ、そうだね! それは確かだ。活動地でこうしてたくさんの素晴らしい人と出会って、自分も人道主義者として目標を達成出来ているんだよ。だから満たされてる。まさしくそうだ」

ヴィアネは笑って瓶ビールをあおった。

二人で部屋の中を見た。ヴィアネの役職を継ぐのがアフリカ人ジェームスだった。彼らはともにシャイで冷静で、つまり人種や体型を超えて必要とされるひとつの能力を持っているのを、俺は感じた。

重ねて言うが、彼らの任務は簡単ではない。

例えば未成年が妊娠すれば親に判断を仰ぐことになり、それは教会の意向を反映したものになる。コミュニティであるバランガイは彼らの間をとりもっている。

ジェームスは昼の取材のあと、スラムの中を歩きながら言った。


「僕たちの国ケニアであれば教会に逆らうよ」

ホープは両手を広げて答えたものだ。 

話し続ける人々