<二刀流の再設計から三刀流の可能性まで。ポストシーズン前、大谷翔平の勝利方程式は「自己決定」にある。数字だけでは語り切れない、決断と適応の物語>


▼目次
1.2年連続50本、さらに史上初の二刀流記録
2.自らの「才能」をどう使うか、大谷が下してきた答え
3.走る二刀流から投げる二刀流へ
4.ポストシーズンの鍵──先発か、抑えか、それとも三刀流か?

2年連続50本、さらに史上初の二刀流記録

ほかの選手が夢に見ることさえできない偉業を次々と成し遂げる――それが大谷翔平のキャリアだ。

最新の快挙が達成されたのは9月16日、ドジャースタジアムで行われたフィリーズ戦。大谷は先発投手として5回までを無安打無失点に抑え、打者としては今シーズン50号となる本塁打を放った。

これで大谷は、2年連続で50本塁打を達成したMLB史上6人目の選手となった。

過去に達成したのは、アレックス・ロドリゲス、サミー・ソーサ、ケン・グリフィーJr.、マーク・マグワイア、そしてベーブ・ルースというとんでもない顔触れ。

しかも大谷はこの日、1シーズンに「50本塁打&50奪三振」を記録した史上初の選手となった。

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だが、この魔法のような夜も終わりは苦かった。

ドジャースの救援陣が4点のリードを守れず、フィリーズに9-6で逆転負け。浮き沈みの激しい今季のドジャースを象徴する一戦となった。

開幕前のドジャースは史上屈指の戦力と評されたが、大谷が驚異的なパフォーマンスを続ける一方、チームは選手の故障が相次ぎ安定感を欠いた。

それでもドジャースは13年連続でプレーオフ進出を決め、ワールドシリーズ連覇の可能性も残されている。大谷にとってポストシーズンは、才能と精神力、そして手術から復調した右腕を試す舞台となる。

2度目の右肘の大手術を経て復帰した大谷は、二刀流のシーズンが多く残されていないことを示唆している。

31歳になった今、再び長期のリハビリに臨める可能性は低いとも語っている。私たちは投手・大谷の晩年を目撃しているのかもしれない。

自らの「才能」をどう使うか、大谷が下してきた答え

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日本ハムファイターズでもエンゼルス(写真)でもチームは投打にわたる大谷の起用について最大限に配慮したが、それでも故障を免れなかった JAYNE KAMIN-ONCEA/GETTY IMAGES

今後、大谷とドジャースは難しい選択を迫られる。

盗塁を減らして脚を守るのか。投球回数を減らして打撃に比重を置くのか。あるいは近い将来、完全に投手をやめるのか、それとも二刀流を貫くのか。

大谷とドジャースにとって新しい問いではない。これまでのキャリアの中で、既に答えは出ている。

大谷の才能を最大限に生かす鍵は「柔軟さ」と「自分で決定する力」にあるのだ。彼は自らの比類なき才能の使い方を、シーズンごと、試合ごと、あるいはイニングごとに決めてきた。

最初の大きな決断はアマチュア時代に訪れた。

速球投手でありパワーヒッターでもあった高校生の大谷は、日本のプロ野球を経ずにアメリカに渡ろうとした。

だがMLB球団はその頃、大谷を投手としてのみ評価していた。そこで彼は、二刀流への挑戦を強く後押ししていた北海道日本ハムファイターズと契約する。

「何でもできる人を前にしたら、その個性と才能を見極め、全てのスキルを一斉に引き出してあげないといけない」と、大谷の獲得に関わった日本ハムファイターズの大渕隆スカウト部長は言う。「芸術でも科学でも何でもできたミケランジェロやアインシュタインに向き合うように」

大谷は日本でミケランジェロやアインシュタインに例えられたかもしれないが、超人ではなかった。

体を守るため、ファイターズは基本的に同じ試合で投打の両方ではプレーさせず、登板の前後の日も打席に立たせなかった。

それだけ手厚い配慮がありながら、大谷は日本での最後のシーズンとなった2017年に、太もも、足首、肘を相次いで痛めた。

それでも、MLB球団の関心は衰えなかった。この頃になると、二刀流としての大谷の力に魅了されていたからだ。

エンゼルスと契約して迎えたMLB1年目の18年、大谷は投打に出場したが球団は慎重に扱った。投手としての登板は週1回、打者としての出場は指名打者(DH)に限り、外野などの守備に就くことはなかった。

ある意味で球団の計画は見事に成功した。

大谷はア・リーグの新人王を獲得。ベーブ・ルースに続き、1シーズンに20本塁打と10試合以上の登板を達成したMLB史上2人目の選手となった。

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ボストン・レッドソックス時代のルース GEORGE RINHARTーCORBIS/GETTY IMAGES

だが大谷は右肘に新たな故障を起こし、10月には内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)を余儀なくされた。

その回復過程でエンゼルスは専任スタッフを配置し、大谷のエネルギー量、睡眠パターン、食事摂取量を逐一チェックした。

それでも大谷は20年に打者としても、待望の復活を遂げた投手としても苦戦した。自分は役立たずで情けないと感じたと、大谷はシーズン終了後に語っている。

だが、野球をプレーする能力を失ったわけではない。

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【note限定公開記事】50本、50奪三振、50盗塁――「史上初」を超えつづける大谷翔平の決断


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