「うまそうにその水をごくごくと飲んだ」と、そこには書かれていた。

この場面に物語全体が凝縮されていると、私は直感した。

読者は数行からなるこのくだりで、王谷が別の箇所で「物騒な熱量や欲」と呼ぶもの、小説を貫く凶暴なエネルギーを大量に浴びる。ヤクザの厳格な縦社会も垣間見る。何より、新道依子が逆境の中で不敵に笑い、地獄で反撃の快感を味わう姿を目の当たりにする。

『ババヤガの夜』は矛盾を糧に、その力を発揮する。暴力的でありながら読者の心を落ち着かせ、思考を刺激しつつ純粋な娯楽小説でもある。

偉大な小説は、多数を含んでいる──全体となると、その部分部分を合計したよりもはるかに強烈な力を持つ。またそうした本は、読み解くのに必要な全てを、内に備えている。

かつて私はある教師に、偉大な小説というのは最初のページから読者にどう読めばいいかを示してくれると教えられた。

呪文のように響く「迸る」
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