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松尾彩香|スペイン

会長が選手にキス W杯優勝の裏に隠されたスペイン女子サッカーの闇

©️YouTube - ESPAÑA CAMPEONA DEL MUNDO | EL GOL DE OLGA CARMONA PASA A LA HISTORIA - Por SANDRA RIQUELME

スペインのサッカー界に新たな歴史が刻まれました。今月20日に行われたサッカー女子ワールドカップで、スペインが1ー0でイングランドを下し初優勝を果たしたのです。スペインのレティシア王妃とソフィア王女は直接現地に足を運び試合を観戦。試合終了後はコートに降り、選手たちと共に拳を突き上げ飛び跳ねて喜びを分かち合いました。

一方スペイン国内では各地でパブリックビューイングが行われ、多くの国民が歴史的瞬間を目撃するために会場に足を運びました。この決勝の視聴率が65%を超えていることから、これまで根強かった「サッカーは男のスポーツ」「女子サッカーは退屈」というスペインの価値観に変化が起きていることは間違いないでしょう。試合終了直後のスペインは祝福ムードに包まれ、テレビをつけてもSNSを開いても話題はワールドカップ優勝で持ちきり。しかし一夜明けると、報道の内容にある変化が起き始めたのです。

パブリックビューイングの様子

 

スペインサッカー連盟会長、選手にキス

スペイン女子サッカーが王者に輝いた日の夜、ある動画がSNSで拡散され始めました。その動画は試合後に行われた表彰式の様子で、メダルを授与された選手たちが関係者と喜びを分かち合っている場面だったのですが、そこに写っていたある出来事が今スペインで物議を醸しているのです。

その動画ではスペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長がスペイン代表のジェニファー・エルモソ選手の頭を掴み、唇にキスをする様子が写っていました。スペインでは挨拶をする時や喜びを分かち合う時などに異性同士でハグをしたり頬にキスをしたりすることは日常的によくあること。しかし唇にキスをすることは両者の同意なしに起こってはならないことなのです。エルモソ選手は表彰式終了後、ロッカールームで行ったライブ配信で会長にキスされたことを尋ねられ「嫌だったよ(No me ha gustado eh?)。」と答えていることから、このキスにエルモソ選手の同意がなかったことは明らかです。

ルビアレス会長はこの出来事に大して当初は「バカども言ってることには耳を貸さないよ。2人の友達が祝福するためにしたキスじゃないか。バカどもは勝手に騒いでいればいい。」と挑発的な態度をとっていました。しかし、イレネ・モンテロ平等大臣がX(旧twitter)で「同意のないキスをありうることだと思うのはやめましょう。これは日常的に女性たちが苦しめられている性的暴行の一つで、当たり前にしてはいけません。これは社会的課題です。」とルビアレス会長の行動を問題視する内容を投稿。その後、ミケル・イセタ スポーツ文化省からも「受け入れがたい行為で、説明が必要だ」と批判があったことからルビアレス会長も事の重大さを理解したのか、翌日正式に謝罪動画を公開しました。

しかし批判が収まることを知りません。ヨランダ・ディアス副首相は議会で行った記者会見で、ルビアレス会長の辞任を強く求めました。ヨランダ副首相は「彼の言い訳は全く何も役に立たない」とルビアレス会長の謝罪を完全に否定。さらに「選手たちはサッカーだけでなく、私たちに男女平等について多くのことを示してくれました。」と男女の不平等についても触れ、「選手たちは報酬の面でも差別されている被害者たちです。優勝者たちの報酬は男女で大きく異なります。」とサッカー界の女性差別について言及しました。他にも多くのジャーナリストやコメンテーターから「権力の濫用だ」とルビアレス会長の行動に対して批判の声が上がっています。

 

女子サッカー界の闇

男女平等について色々と積極的に取り組んでいるスペインですが、サッカー界の男女不平等も例外ではありません。ディアス副首相が述べたように、サッカー界の男女不平等は過去も現在も様々な場面で問題視されています。

2019年、スペインのサッカーチームに所属する約200人の女子サッカー選手たちが報酬アップを求めて試合のボイコットをする出来事がありました。男子のサッカー界で活躍する選手たちは高額な契約金をもらい優雅な生活を送っているのにも関わらず、女子選手たちは安定した生活を保証されていないからです。報酬の他にも怪我による休業補償や女性ならではの産休などの適用を求め、サッカー選手を職業として認めるように訴えました。度重なる話し合いの結果、彼女らは連盟と労働協約を結ぶことに成功し、このボイコットは幕を閉じたのです。

しかし、女子サッカーの差別はこれだけでは終わりません。今年1月に行われたサッカー女子スーパーカップの決勝戦あとの出来事。男子サッカーの大会であれば、連盟の偉い人たちが表彰式に出席し選手たち一人一人の首にメダルをかけながら祝福の言葉をかけるでしょう。しかしこの女子大会のメダル授与に連盟の関係者の姿はなく、優勝したバルセロナの選手たちは机の上に無防備に置かれたメダルを自分たちで取りに行き、自分で自分の首にかけなければならなかったのです。この動画は拡散され、動画を見た多くの人らが不満を訴えましたが、特に連盟側から納得のいく説明はありませんでした。

↑選手たちがメダルを手に取る様子

多くの国でもそうであるように、スペインで女性がサッカーを続けていくことは容易なことではありません。今回のワールドカップ優勝は差別や格差にも負けず、歯を食いしばり戦いながらここまでたどり着いた彼女たちがやっとの思いで掴んだ意味のある勝利だったことでしょう。今回の会長の軽率な行為のように、女子サッカーが乗り越えなければいけない障害や課題はこれからもたくさん待ち構えていると思いますが、女子サッカーに対する国民の注目度が高まっている今、彼女たちと一緒に声をあげて戦ってくれる人は今まで以上にたくさんいるのではないでしょうか。

Profile

著者プロフィール
松尾彩香

2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。

Twitter: @maon_maon_maon

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