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ラッシャー貴子|イギリス

地下鉄から心に寄り添う詩を届ける、オール・オン・ザ・ボード

 2人が詩で伝えるのは日常生活のことだ。話題の映画や俳優、ミュージシャンや著名人のこと、事件、事故、社会情勢、訃報などの時事ネタ、ロイヤルファミリーのこと、家族、友だち、ペットのこと、休暇や体調不良、ロンドン名所など、範囲はとても広い。メッセージは「詩(poem)」とされているけれど、韻を踏むようなかしこまったものではなく、どれもシンプルな言葉で綴られている。ユーモアたっぷりなものも多いので、まるで友だちとおしゃべり、あるいは同僚と世間話している気分になってしまう。外国人なら、英国の文化やしきたりを知るきっかけにもなる。

 ただし、友だちとの会話と少しだけ違っているのは、彼らのメッセージは必ずポジティブということだ。ここはこだわりのポイントで、1冊目の書籍の最初の章に、彼らは「Positively Positive(とにかくポジティブに)」というタイトルをつけている。追悼の詩では、故人が成し遂げたことや人の心に残した影響に焦点を当てて感謝を贈る。それは「世の中がよりよく、よりやさしい場所になればいいと思っているから」だ。

 ポジティブでいながら、オール・オン・ザ・ボードの詩はどこまでも人の心にそっと寄り添う。たとえば、「逃げてしまいたいとたまに思うくらいで自分が弱いと責めないで。きみは強いことに疲れただけ」「ペースを落とすのは悪いことじゃない。自分が壊れてしまう方がずっとよくないよ」と呼びかけてくれる。疲れた時に親友が言ってくれる言葉のようで、心にしみる。

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地下鉄の掲示板に詩を書くオール・オン・ザ・ボードがこれまでに出版した2冊の本(左が1冊目、右が2冊目。詳細は本文参照)。メッセージの数々がテーマごとに掲載されているほか、章のタイトルに合わせて2人それぞれがエッセイも書いている。どのエッセイも詩の印象そのままに、フレンドリーでやさしい。筆者撮影。

 メディアのインタビューで冗談を交えて気さくに話す彼らは、気のいい近所のお兄さんという印象だ。朗らかで、でもほどよい距離を置いてくれるような。たとえば、元気がない時に近くのパブで会ったら、さりげなく面白い話をしてくれるような。2人の言葉に触れると、「大したことはできないけど、きみはひとりじゃないよ」とハグしてもらっている気分になる。

オール・オン・ザ・ボードのインスタグラム投稿から、アメリカでアメリカンフットボールの優勝決定戦、スーパーボウルが開かれた日の詩(?)。「ふつうのボウル、スーパーボウル」というほとんどダジャレのようなものだけれど、愛らしい表情のイラストもあいまって、思わず口元が緩む。

 今年になってジェレミーさんは最愛の母を亡くし、辛い気持ちをSNSで語っていた。その後初めて迎えた3月の母の日に、オール・オン・ザ・ボードは4つの詩をSNSに投稿した。それぞれ、すでに亡くなった母親、子どもを亡くした母親、血の繋がっていない子どもの母親、「地球上から天上から子どもたちを見守っているすべての」母親に捧げられたものだ。自身の悲しみがベースになっているとはいえ、違う境遇にも気持ちを寄せることのできる大らかさ、やさしさ。最近よく言われるインクルーシブな考え方とは難しいことではなくて、違う立場を想像するところから始まるよと教わった気がした。

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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