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ラッシャー貴子|イギリス

エリザベス女王の葬儀を終えたロンドンから

 ザ・キューに関しては、BBCでニュース解説番組の司会をするベテラン記者/司会者、ニック・ロビンソンさんの以下の動画記事(日本語字幕つき)がすばらしいので、ぜひご。実際のザ・キューの様子、社会の現状、70年前のジョージ6世(エリザベス女王の父)の一般弔問の映像をはさみつつ、「ここに並んでいる人たちは孤独を感じない、ここではスマホの画面もソーシャルディスタンスもない、ただ一緒に女王を思い出し、敬意を表している」(筆者要約)と分析している。列に並ぶところもすべて含めて弔問になるということなのだと思う。人の話を聴いて、話を聴いてもらって、時間をかけて自分の中で女王の逝去という大きなできごとを消化したのかもしれない。

BBC News JapanのTwitter投稿より、ニック・ロビンソンさんの動画記事。もともとこの国の人たちは行列が得意で、辛抱強く並んで順番を守る。だから割り込みをひどく嫌う。ザ・キューでも、一般人と一緒に並んだサッカー元イングランド代表のデヴィッド・ベッカムさんや女優のティルダ・スウィントンさんは賞賛された一方、メディア枠を使って「割り込みをした」ワイドショー番組の司会者2人はこてんぱんに叩かれ、司会を降板させる署名まで始まっている。英国で割り込みをするのはお勧めしません。

 わたしは体力に自信がなくてザ・キューには並ばなかったけれど、女王の棺がロンドンに戻る前に、バッキンガム宮殿近くのグリーンパークに献花に行ってきた。大勢の人が集まる中、見渡す限り花束が地面に置かれていて、まるで花壇のようだった。中にはハートや文字をかたどった花のアートもあった。

 花束のセロファンをボランティアが外してリサイクルとして処分したり、写真を撮る順番を譲りあったりする善意あふれる場所でもあった。一人でいたわたしは「花と一緒に写真を撮りましょうか?」と二度も声をかけてもらった。むせかえるようなたくさんの生花の香りも、人が大勢いるのにどこか静かに感じられたことも忘れられない。特に人と話したわけではないけれど、その場にいるだけで、それぞれ想いを共有できた気がして、心が落ち着いた。やっぱり気持ちを分かち合うって大切なのかな。

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バッキンガム宮殿に隣接するグリーンパークでの献花の様子。「ありがとうございました」「安らかに」というメッセージも多かった。プラチナジュビリーの時に発表されたエリザベス女王とくまのパディントンのお茶会の映像は、人々に強い印象を残したようで、今や2人は切り離せない存在になってきている。献花の会場にもパディントンのぬいぐるみやマーマレードサンドイッチ(パディントンの好物で、その映像では女王も持っていた)が置かれていた。BBCテレビは9月17日と葬儀当日の19日の夜に映画『パディントン』『パディントン2』を放映するという粋なはからいをし、お茶会の映像も流した。こういう時期に善意と良心のかたまりのようなパディントンに触れ、美しいロンドンの映像を見て、心から癒された。英国の人たちは誇りに思ったかもしれない。筆者撮影

 19日の葬儀の日は全国で臨時休日になり、スーパーやマクドナルドまでが臨時休業した。街は静かになったけれど、葬儀を映画館や広場に設置されたスクリーンで一緒に観ることもできた。テレビ界で今世紀最大のイベントと言われたこの葬儀は、英国ではBBCの中継の視聴者だけで人口の52%にあたる3,250万人(モバイルや時差視聴を除く)と発表された。

 葬儀が終わってから街の人たちから聞くのは、「女王がわたしたちをひとつにまとめてくれた」「英国人であることを誇りに思えた」という言葉だ。世界を魅了した美しい葬儀、ザ・キューや献花会場での善意のほかにも、儀式が終わった後に見物人に自分の帽子を被せて写真を撮る警察官や、棺の移動のために道路を掃除する人たちを拍手で迎える光景なども紹介されて、英国らしさのよい面がにじみ出た10日間だった気がする。「オリンピックが終わった後みたい」と話す人さえいたので、気持ちを合わせて一緒に作り上げた、乗り越えたという感覚があったのかもしれない。それをまとめたのはエリザベス女王だ。

 女王がこの世に残した功績やお人柄を明るく思い出す動きも始まっている。高齢の方が亡くなった時に英語でよく言う、celebrate his/her wonderful life(すばらしい人生を讃えよう)という雰囲気だ。たとえば、真面目に女王の人生を振り返る記事はこちら映像付きでお茶目な女王を紹介する記事はこちらがおもしろい。こんなにも影響の大きかったエリザベス女王が忘れられることは決してないだろう。

 子どもの頃からお顔を見てきたエリザベス女王のことを思い出して、最後をどう結ぶべきか悩んだので、6月のプラチナジュビリーで女王とお茶会をした純粋無垢なくまのパディントンが、その時に女王に言った言葉をお借りしたいと思う。

 Thank you, Ma'am, for everything.(これまでにしてくださったすべてに感謝します。お疲れさまでした)

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こちらもグリーンパークでの献花。実は女王の葬儀の日、わたしは病院で検査をする予約があった。当日は休日なので延期されるのかと思ったけれど、予約を確認する連絡が来たので、葬儀の途中、後ろ髪を引かれながら病院に行った。予約を変更すると、次にいつまた予約が取れるかわからないからだ。病院に着くと、なんだか薄暗い。いつもいる受付の人もいない。とりあえずお世話になる検査室に向かっていると、別の待合室で葬儀のテレビを観ていた係の人が、「休みのはずだよ」と言うではないの! 念のため行ってみると、やはり部屋には誰もいなかった。電気も付いていなかった。予約変更の連絡をしたつもりで、予約確認の連絡を送ってしまったのだろう。そして「わたしが担当したんじゃないので詳しくはわかりません」という態度。やれやれ。英国にはよいところもたくさんあって、この時期にたくさん見せてもらったけれど、事務処理が効率的でないこととか、困ったこともあるのだ。でも、それはきっとどこに行っても同じで、両方合わせて英国なんだろうな。それに対処するために日々学ぶのだ。筆者撮影

 

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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