最新記事

ハリウッド

ジョニー・デップ裁判は「失敗」だった──最大の間違いは、判事の判断だ

Trial by Social Media

2022年6月22日(水)19時40分
ジョアン・スウィーニー(ルイビル大学法学教授)

無理もない。7週間にもわたり、有名な映画スターが離婚に至った経緯を語る「映像素材」が延々と供給されたのだから。中には数十億回視聴されたコンテンツもある。

その多くはハードを揶揄するものだった。さらに不愉快なのは、オルト・ライト(アメリカ版ネット右翼)のボットや、男性の権威復権を唱える活動家によって拡散された加工映像も多かったことだ。

アズカラーテの2つ目の判断ミスは、陪審員がこうした情報に触れないようにする手続きを取らなかったことだ。これは陪審員隔離と呼ばれる措置で、陪審員をホテルなどに物理的に隔離して、報道や他人との接触を制限することで、法廷で示された証拠以外の情報に影響されずに評決を下せるようにするものだ。

この措置が取られた最も有名な事件は、1995年のO・J・シンプソンの刑事裁判だろう。アメフトの元スーパースターであるシンプソンが前妻とその恋人を殺害したか否かが争われ、メディアが大々的に報道した。

だがデップらの裁判では、アズカラーテが陪審員隔離の申し立てを退けた。陪審員が外野の意見に振り回されないようにするには、自分で気を付けるしかなかったのだ。

一般的な事件と同じように扱われた

確かにアズカラーテは、報道やインターネット上の情報に触れないことや、事件について自分でリサーチをしないよう陪審員に説示した。また、オンラインであれ対面であれ、事件について誰かと話をしないよう指示した。

だが、それが守られたかどうかは分からない。それに、たとえ陪審員が最善を尽くしても、ソーシャルメディアにあふれる情報をわずかでも見ないようにすることは、現代の日常生活では不可能に近い。

アズカラーテが、この事件を一般的な事件と同じように扱ったのは間違いだった。裁判のテレビ中継を許す一方で、陪審員を隔離しなかったために、伝統的メディアもソーシャルメディアもヒステリックなほどにこの裁判を話題にし、それが陪審員の目に入りやすい状況を生み出したのだ。

ハード側は既に控訴の意向を表明している。たとえ証拠に基づく判断が正しかったとしても、手続き上のミスにより陪審員にバイアスがかかっていたと主張することは可能だ。ただ、その言い分が認められれば、一審のやり直しを命じられて、ハードは再び虐待を追体験することになる。

それでも、ソーシャルメディアの時代に、陪審員が余計な情報に影響されないようにする措置が十分取られなかったことを理由に一審判決が破棄されれば、画期的な判例となる。そしてハードは、思わぬ形で歴史に名を残すことになるかもしれない。

©2022 The Slate Group

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」

ビジネス

米キャタピラー、4─6月期の減収見込む 機械需要冷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中