最新記事

シリア情勢

欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える

2017年5月24日(水)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」発効後、シリアとロシア国旗を掲げるシリア市民 Omar Sanadiki-REUTERS

欧米諸国や日本のメディアが取り上げない軍事攻撃のなかにこそ、「シリア内戦」をめぐる米国の思惑が見え隠れする――ヒムス県南東部のタンフ国境通行所に向け進軍するシリア軍と親政権武装勢力に対して有志連合が5月18日に行った空爆は、そのことを如述に示す出来事だった。

地図:シリア国内の勢力図(2017年5月23日現在)
aoyama2.jpg

出所:筆者作成

米国がアサド政権に行った4度の攻撃

米国は、2014年9月に有志連合を率いて、イスラーム国を殲滅するとしてシリア領内での空爆に踏み切った。だが周知の通り、同国は「諸悪の原因」であるはずのバッシャール・アサド政権への軍事攻撃には一貫して消極的だった。このことは、2013年夏の化学兵器使用事件に際して、バラク・オバマ前米政権が空爆を中止したことからも明らかだ。

とはいえ、そうした米国も「アラブの春」がシリアに波及して以降、アサド政権に対する軍事攻撃(ないしは威嚇)を4度敢行している。

1度目は、ハサカ市内の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)支配地域に対するシリア軍の空爆を抑止するため、2016年8月に有志連合が行ったスクランブル(緊急出動)である。ロジャヴァとアサド政権は、イスラーム国に対する戦いにおいて協力関係にある。だがこの時、両者はハサカ市の支配権をめぐって対立し、事態はシリア軍が人民防衛部隊(YPG、ロジャヴァの武装部隊)拠点を空爆するまでに悪化した。有志連合のスクランブルは、シリア軍の空爆が、YPGを支援するためにハサカ市の北約6キロの地点に進駐していた米軍特殊部隊の拠点近くに及んだことを受けて敢行されたのだ。

米国を巻き込んだロジャヴァとアサド政権の不意の対立は、ロシアの仲裁によって事なきを得た。そして、スクランブルによってYPG支援への強い意志を誇示した米国は、ロシア、トルコ、そしてアサド政権を差し置いて、ラッカ市解放の主導権を握っていった。

2度目の攻撃は、ダイル・ザウル市郊外のサルダ山一帯でイスラーム国と対峙していたシリア軍地上部隊に対する有志連合の2016年9月の「誤爆」だ。シリア領空で航空作戦を実施する米露両軍が、偶発的な衝突を回避するためにホット・ラインを設けていたにもかかわらず生じたこの「誤爆」を、アサド政権は「テロ組織への支援」と非難、2016年2月の米露合意に基づく停戦は失効したと宣言し、反体制派への軍事攻勢を一気に強めた。

【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、人民元バスケットのウエート調整 円に代わりウ

ワールド

台湾は31日も警戒態勢維持、中国大規模演習終了を発

ビジネス

中国、26年投資計画発表 420億ドル規模の「二大

ワールド

ロシアの対欧州ガス輸出、パイプライン経由は今年44
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中