最新記事

トルコ情勢

溝が深まるトルコとEUの関係

2017年2月24日(金)17時50分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

トルコとEUの関係が後退した2つ目の理由は、トルコにおける2016年7月15日クーデタ未遂事件以降、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領および公正発展党が国家非常事態宣言下でクーデタ未遂に関与した人物を徹底的に排除する動きを強めたことである。

特にエルドアン大統領のクーデタ未遂に関与した人々に対して死刑の復活も辞さないという発言がEU首脳部のトルコに対する対応を硬化させた。一部の議員からは、トルコのEUの加盟交渉の見直し、もしくは制裁を課すべきだという意見が見られた。また、毎年10月から11月にかけて刊行される加盟交渉の「進捗レポート(Progressive Report) 」の内容も、2016年はトルコに対して厳しいものとなった。トルコ政府はEUの進捗レポートの受け入れを拒否している。

さらに欧州議会でオーストリアを中心に2016年11月24日にトルコの加盟交渉を凍結する決議を賛成多数で可決した。この決議は法的拘束力は持たないものの、トルコのEUに対する不信感をさらに助長させた。

エルドアン大統領は、トルコはロシアと中国が主導する上海協力機構へ鞍替えする可能性や移民の受け入れ拒否に言及するなどして、EUを牽制した。

当面は冷え切った関係が継続

トルコとEUの関係悪化は2017年に入っても改善の兆しを見せていない。

欧州議会のトルコ担当報告者であるカティ・ピリ(Kati Piri)を中心とした議員団が2月22日にトルコを訪問し、「トルコの現状は悪化している」と述べ、EU加盟交渉は前進していないことを示唆した。ピリは特に報道の自由の規制と国家非常事態宣言を名指しで批判している(Hürriyet Daily News)

また、2016年11月4日にテロリストに協力した罪で逮捕されたクルド系政党の人民民主党の共同党首であるセラハッティン・デミルタシュとフィゲン・ユクセクダーに対して、2月21日にそれぞれ5ヵ月の収監(デミルタシュ)、議員職のはく奪(ユクセクダー)が決定した。この決定に対してもEUは人権、自由権、議会民主主義の観点から疑問を呈している(Hürriyet Daily News)

このように、トルコ政府とEUの溝は徐々に大きくなっているが、両者が決定的に対立することは想定しにくい。なぜなら、EUにとって移民の防波堤となっているトルコの役割は必要不可欠だからである。

EUにとって最悪のシナリオは、トルコが防波堤の役割を止め、再び大量の移民が流入することである。

2017年は3月のオランダ総選挙、4月のフランス大統領選挙、6月のフランス国民議会選挙、9月のドイツ連邦議会選挙と各国で選挙が目白押しであり、移民の流入は各国の極右政党を勢いづかせることになりかねない。

トルコにとってもEUとの関係は悪化しても加盟交渉国としての地位を失うリスクは犯さないだろう。当面、両者の関係は冷え切りつつも継続するという考えるのが妥当である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下

ワールド

米大統領とヨルダン国王が電話会談、ガザ停戦と人質解

ワールド

ウクライナ軍、ロシア占領下クリミアの航空基地にミサ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 7
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 8
    もろ直撃...巨大クジラがボートに激突し、転覆させる…
  • 9
    日本人は「アップデート」されたのか?...ジョージア…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 6
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中