最新記事

東日本大震災

【写真特集】忘れられる「フクシマ」、変わりゆく「福島」

原発事故で福島県浪江町の自宅から避難を余儀なくされた酪農一家の震災から5年の記録

2016年3月14日(月)18時00分
Photographs by SOICHIRO KORIYAMA

2011年5月 福島県浪江町からの避難を迫られた三瓶利仙、恵子夫妻は約30キロ離れた本宮市で木造の古い牛舎を見つけた

 初めて三瓶利仙さん、恵子さん夫妻を撮影したのは、2011年4月9日だった。

 福島の酪農家を被写体に選んだのは、原発事故が起きてもすぐ避難できない人たちを撮影したいと思ったからだ。まったく予備知識なしで現地に入って、撮影させてもらっていたいくつかの酪農家の1つが三瓶さんの家。それが5年の付き合いになるとは思ってもいなかった。

 空になった牛舎の前でポートレートを撮り、放射能被害のせいで移転や廃業に追い込まれる状況を伝えるのが狙いだった。最初は忙しいと相手にされず、追い返されもしたが、そのうち好意で約2カ月間も泊めてもらうようになった。数カ月で終わると思っていたはずが、娘さんの結婚式に出て親族席に座り、生まれた初孫の写真まで撮った。

【参考記事】<震災から5年・被災者は今(1)> 義母と補償金を親族に奪われて

 決して好きではない撮影を2人が受け入れてくれたのは、自分たちが生きた証しを記録として残したい、という思いもあったと思う。事故直後、2人を含めて酪農家10家族の取材を始めたが、大半の人は廃業して既に新しい暮らしをしている。連絡がつかなくなった人もいる。

 政府の避難指示で、三瓶さん夫妻が浪江町津島地区から飼っていた乳牛と共に本宮市に移ったのが震災の年の5月末。その後、親戚の今野剛さんと酪農を続けたが、三瓶さんは去年12月で廃業した。

 直接の理由は、三瓶さんと今野さんの牛計75頭分のふん尿を本宮市の堆肥センターで処理し切れず、受け付けてもらえなくなったこと。しかしこれはきっかけでしかない。原発事故以前は自分の土地で育てて半分を賄っていた牧草を、すべて海外からの餌に変えなければならなくなり、しかも円安で経費が大きく増えた。赤字を埋めるのは東京電力からの補償金で、三瓶さんにとってはそれも精神的な負担だったのではないかと思う。

4万2500枚の写真

 約30頭の牛は県内の酪農家の元へ売られていった。ただ三瓶さん自身はどこかホッとした、肩の荷が下りたような気持ちもあったのではないか。もともと職人肌の人で、東電の補償金を使わないと酪農を続けられないことに抵抗があった。牛を手放すのが不安でもあり、親戚の今野さん1人に酪農を続けさせるわけにもいかない、という気持ちもあって続けたが、時に「福島の希望」などと言われることがプレッシャーだったのかもしれない。

 福島のことが急激に忘れられていくという不満もあったようで、だから僕が撮影に行くと毎回温かく迎えてくれた。ただ、かつてあった地域のコミュニティーは既に内側から崩壊している。月に1回、もともと住んでいた地域の住民と温泉地で集まるのだが、共通の話題がなく集まりが悪くなってきていると聞く。恐らく、遠からず集まらなくなる気がする。

 三瓶さんは今年に入り、別の酪農家の手伝いで働き始めた。自ら酪農を営んでいたときの「1年365日休みなし」という働き方でなく、勤務は基本的に平日のみで、夕方には自宅できちんと夕食を食べる規則正しい暮らしだ。生活のリズムは180度変わった。しわが増え、おじいちゃんとおばあちゃんになったと思う。それでも2人の顔が明るく感じるときもある。

 これまでに撮った写真は4万2500枚。三瓶さんの撮影はまだ続ける。酪農からは離れたが、再々スタートした2人を通じて新たな福島を撮影できる、という期待があるからだ。

郡山総一郎(写真家)


ppfukushima02.jpg

<2011年5月>浪江町津島地区から本宮市の避難先の牛舎へ牛を運ぶ


ppfukushima03.jpg

<2011年12月>本宮市の牛舎での三瓶利仙と恵子

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、テスラへの補助金削減を示唆 マスク氏と

ビジネス

米建設支出、5月は‐0.3% 一戸建て住宅低調で減

ビジネス

ECB追加利下げに時間的猶予、7月据え置き「妥当」

ワールド

米上院、トランプ減税・歳出法案を可決 下院で再採決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中