最新記事

アメリカ社会

パッキャオを吊し上げたメディアの暴走

フィリピンの国会議員で世界的ボクサーのパッキャオは本当に「同性愛者は処刑されるべき」と言ったのか

2012年5月17日(木)16時23分
パトリック・ウィン

セレブ ロサンゼルスに住まいを持ち常に注目されるパッキャオ Danny Moloshok-Reuters

 ボクシング界の世界的大スターでフィリピンの国会議員でもあるマニー・パッキャオが、同性愛者は処刑されるべきだと考えていると、USAトゥデー紙やLAウィークリー紙やオンラインメディアのデイリー・コスといった定評あるアメリカのメディアの多くが報じている。

 その話の出元は? 「全米保守イグザミナー紙」が掲載したインタビュー記事の中で、パッキャオ自身がそう語っているという。LAウィークリー紙は、問題のインタビュー記事を引用しながら、パッキャオがイベントのために訪れる予定だったロサンゼルスのショッピングモールを出入り禁止になるとか、「パッキャオを殴りつけることができるゲイ10人」というウェブ記事などを嬉々として紹介した。

 ただナイキがスポンサーに付くパッキャオが、すべての同性愛者に消えてほしいと考えている、という話をジャーナリストが鵜呑みにするのはいかがなものか。その理由はいくつかある。

 最も大事なのは、「全米保守イグザミナー紙」という新聞が存在しないということだ。

 パッキャオのインタビューはイグザミナー・コムというサイトに掲載された。このサイトは「自発的で独立した寄稿者」が猫の飼育やクッキーのレシピ、政治などについてのポストを掲載している。

 さらに世界有数のセレブであるパッキャオとのインタビューに成功した「フリー記者」の名前は、グランビル・アンボング。アンボングは、「マハリカン・タイムスやフィルボクシング・コムで信頼される主力ライター」だという。フィルボクシング・コムは実際に存在するが、マハリカン・タイムスは、「全米保守イグザミナー紙」と同様に存在していないようだ。

 さらに酷いのは、同性愛者に死を、と語ったとされるパッキャオの発言の引用も、でっちあげだということ。

 USAトゥデー紙によれば、パッキャオが同性愛者は「処刑されなければならない」という旧約聖書のレビ記の一節を引き合いに出したことになっている。だがこの一節に言及したのはパッキャオではなく、インタビュー記事を書いたアンボング自身だった。アンボングが補足記事にそう書いているのだ。

スポンサーへの圧力も

 パッキャオは、フィリピン人の多くと同じ敬虔なカトリック信者だと主張している。主張はかなり保守的で、昨年はコンドームは罪深いとも発言している。

 パッキャオが議員だけでなくフィリピン軍の陸軍中佐などの要職に就く立場であることを考えれば、その言動が逐一厳しくチェックされるのは当然だが、勇み足のジャーナリストや、ウラを取らずにデマを広げるネットメディアも糾弾されるべきだ。

 オンラインメディアのサロンによれば、でっち上げられたパッキャオの発言はあっと言う間に拡散され、ツイッターは炎上し、騒動は雪だるま式に大きくなった。「社会運動SNSのチェンジ・オルグはパッキャオのスポンサーのナイキに対し、同性愛差別のボクサーと縁を切るよう要求する嘆願書を掲載した。

 パッキャオは公に反論。その中で「あの発言は嘘だ。私は同性愛に反対してはいない。親族にも同性愛者がいる。そう生れた以上しょうがないことだ。私が非難するのは神の言葉に違反することだ。同性間の結婚は神の決まりに反することだという意見を述べただけだ」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中