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ヒトラー『わが闘争』今さら出版する訳

ドイツの週刊誌が反ユダヤ思想に満ちたヒトラーの著書『わが闘争』の抜粋を附録につけようとして大騒ぎに

2012年2月24日(金)14時22分
シボーン・ダウリング

禁断の書 問題の付録がついた週刊誌「新聞の目撃者」。出版差し止めの恐れが高まったことから、付録の『わが闘争』の抜粋部分には斜線などを引いて読めないようにして発売 Tobias Schwarz-Reuters

 世界中で忌み嫌われるナチスの独裁者アドルフ・ヒトラーの著書『わが闘争』。反ユダヤ思想に満ちたこの本の抜粋に解説を付けて、英出版社アルバルタスがドイツで出版するという。週刊誌「新聞の目撃者」の付録として1月26日から3回にわたり16ページずつ発行。1ページごとに解説を付けて、10万部を印刷する予定だという。話題性は抜群だが、その動機は何なのか。

「負の魅惑があるのは承知しているが、それは誰も読んだことがないせいだ。タブー特有のオーラが神秘化につながる」と、アルバルタス社のピーター・マギー代表は独誌に語った。ドイツの人々に原文に触れる機会を与えたいだけだという。

 とはいえ世間は納得しない。シャルロッテ・クノブロッホ前ドイツ・ユダヤ人中央評議会議長は、カネ目当てではないかとの見方を示した。「ドイツで書かれた扇動的プロパガンダの中で最も邪悪な部類」の本で、ここまで注目される価値はないという。

1945年までにドイツ国内で約1000万部が出版

 一方、ドルトムント工科大学教授(ジャーナリズム学)で解説の一部を担当したホルスト・ペトカーは出版を擁護する。「できる限り広範な読者の目に触れさせるべきだと思う。ナチスが何を考えていたのか、この思想のどこが魅力的だったのかを知るには、それが一番だから」と、ペトカーは語った。

『わが闘争』はヒトラーが1923年のミュンヘン一揆に関与した罪で投獄中に口述筆記された。45年までにドイツ国内で約1000万部が出版され、36年からは結婚するすべてのカップルにナチス政府からの結婚祝いとして贈られた。

 著作権を保有するバイエルン州当局は出版差し止めを求めて提訴する構えだ。ドイツでは著者の死後70年間(『わが闘争』の場合は2015年まで)著作権が保護される。

 マギーがナチス政権当時の党機関紙の抜粋を含む「新聞の目撃者」を09年に創刊した際も、州当局は出版阻止を試みた。しかしミュンヘンの裁判所は、人種的憎悪をあおろうとしているわけではないので違法とはいえない、との判断を下した。

 メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)のシュレーダー家庭相も出版に反対している。「ドイツには惨劇の地がいくらでもある」と独地方紙に語った。「ナチスの罪の残忍さを理解するのに、『わが闘争』を売店に並べるまでもない」

*この記事を掲載後、アルバルタス社は発売前日に販売計画を変更。雑誌は販売するものの、付録には斜線を引くなどして読めなくする措置を取った。

[2012年2月 1日号掲載]

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