最新記事

武装勢力

パキスタンに芽吹く新タリバン

北部から追い出されたが、もっと危険な分派が中・南部で台頭し始めた

2009年10月30日(金)12時55分
ハイデル・アリ・フセイン・ムリック(米軍統合特殊戦大学上級研究員)

 アメリカはなぜ、アフガニスタンにいるのか。オバマ政権がアフガニスタンへの増派を検討するなか、疑心暗鬼の米議会や国民、さらには同盟諸国からも、根本的な疑問が聞こえてくる。

 ひとことで答えよう。「パキスタンのため」だ。あの9・11型のテロ攻撃を阻止するには、パキスタンの安定が欠かせない。

 確かにパキスタンのタリバン勢力は、拠点としていた北部から追い出された。しかし油断は禁物だ。新たな、もっと危険な分派が誕生し、中部や南部に進出して治安を脅かしている。手をこまねいてはいられない。彼らには、核保有国パキスタンを再び不安定化させる力がある。

 パキスタン国内で、タリバンが初めて名乗りを上げたのは06年のこと。当初は1980年代のアフガニスタンでソ連の軍隊と戦っていたムジャヒディン(イスラム聖戦士)の残党にすぎなかったが、後に米軍に追われてアフガニスタンを脱出したタリバンと国際テロ組織アルカイダの一部が合流した。

 パキスタン・タリバンは、アフガニスタンにいる仲間と武器や資金、戦闘員を融通し合っているが、活動の主眼は北部の国境地帯を実効支配することに置いてきた。そしてパキスタン政府の統治が及ばないよう、支配地域には独自の行政機構をつくり、イスラム法に基づく法廷を開いてきた。

 パキスタン軍は米軍の支援を得て掃討作戦を実施、この夏の終わりまでに彼らを同地域から追い出すことに成功した。支配地と支持者を失い、指導者バイトゥラ・メフスードも失った彼らは本拠地のワジリスタンへ退却。今はそこに封じ込められている。

 だがパキスタン軍や情報機関、警察などの当局者によれば、パキスタン・タリバンの実質的な敗北が明らかになると、すぐに新たな分派が誕生した。この新勢力は北部で劣勢なことを認めつつ、新たに中部と南部で反転攻勢のチャンスを狙っている。もはや北部国境地帯の支配や独自の行政機構にはこだわらない。そんなことに手間と資金をかけても、国民の広範な支持は得られないからだ。

麻薬組織と手を組む

 新勢力は自爆攻撃を減らす一方、北部では国軍への計画的な襲撃をを増やそうとしている。

 中部では少数民族系の反政府グループとの連携を強化し、積極的に新たな同志を募り、警察を標的にすることを計画している。反政府の機運が高い地域には「影の政府」を樹立するつもりだ。

 そして南部では、活動資金を確保するため麻薬カルテルや誘拐団と手を組んでいる。

 彼らの目的は何か。中部と南部に複数の前線を開いて国軍をおびき出し、北部への軍事的圧力を軽減することだ。パキスタン当局者は、昨年11月のムンバイ同時テロ並みの大規模テロを、インドで再び仕掛ける可能性もあるという。

 こうした作戦は一定の効果を挙げているようだ。北部では身動きできないが、タリバンの新勢力は中部パンジャブ州や南西部バルチスタン州、さらには南部の港湾都市カラチへも浸透している。ラシュカレ・トイバやシピーヒーエ・サハバのようなパンジャブ人の過激派グループ(イスラマバードやカブール、デリーでテロ攻撃を繰り返してきた悪名高いグループだ)との連携も強めている。

 今のパキスタン中部や南部の状況は2年前の北部に似ている。ちょうどタリバンが政府に代わって、北部地域の実権を握ろうとしていた時期である。今の中部でもタリバン信奉者の運営する過激な神学校や訓練キャンプが増殖を続けており、パキスタン警察や司法機関の存在感は薄れる一方だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国全人代常務委、関税法を可決 報復関税など規定

ビジネス

物価の基調的な上昇率、見通し期間後半には目標と概ね

ワールド

エクイノール、LNG取引事業拡大へ 欧州やアジアで

ビジネス

赤沢財務副大臣「特にコメントできることない」、日銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中