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 ライアンの気楽な根無し草生活は、大卒の新入社員ナタリー(アナ・ケンドリック)の登場で危機にさらされる。ナタリーは効率化とコスト削減のため、従業員への解雇宣告をテレビ会議で片付けようとする。このデリケートかつ残酷な仕事は本人に会って行わなければならないと分からせるため、ライアンは生意気な新人を出張へ連れ出す。

 独身生活にも難題が降り掛かる。ライアンは自分と同じく出張がちなアレックス(ベラ・ファーミガ)と関係を持つ。感情に縛られるのを嫌い、ときおり空港のホテルでセックスにふけるだけで満足するアレックスは打ってつけの恋人だ。

 しかしライアンは思いがけず、アレックスにほれ込んでしまう。他人を必要とするのは彼にとって、ひどく居心地の悪い経験だ。

『マイレージ、マイライフ』は悲しくも滑稽に、アメリカの今を浮き彫りにする。冒頭では実際に失業した人々のインタビューを映し出し、不況にあえぐアメリカの現実に観客を引き込む(インタビューに出てくる大半が一般人。ライトマンはドキュメンタリーを撮るという口実で彼らに取材した)。

オスカー候補らしくない

 冷たい現実にロマンスや笑いが絶妙に絡み合うあたりは、ライトマンが映画作家として成熟した証拠だ。この作品には英雄も悪者もいない。つんと澄ましたナタリーもクールに自己完結したアレックスも、意外な一面を見せる。どの登場人物にも人間味が感じられる。

 米アカデミー賞主要5部門にノミネートされたものの、もったいぶった部分も、これ見よがしなところもない『マイレージ、マイライフ』は、オスカー候補らしからぬ作品だ。映画芸術科学アカデミーは今回から作品賞候補を5本から10本に拡大した。授賞式中継の視聴率が年々低下しているため、一般受けする大作を候補に加えて視聴者層を広げるのが狙いだった。

 一方で、昨年にはパラマウントやワーナー・ブラザースといった大手映画会社が傘下のインディペンデント系映画会社を閉鎖。配給会社も次々と倒産した。しかしふたを開けてみれば、作品賞候補は『プレシャス』『ハート・ロッカー』『17歳の肖像』など、いずれも小粒なインディーズ作品だ。

 大手がテレビゲームや漫画の映画化や、少年向けのお下劣コメディーにばかり力を入れているうちは、アカデミー賞におけるインディーズの優勢は続くだろう。もっとも、インディペンデント映画という「絶滅危惧種」に製作費が集まればの話だが。

『マイレージ、マイライフ』は娯楽大作とアート系の小品の中間に自らを位置付け、うまく観客を引き付けた。大手が製作した作品でありながら、インディーズの魂を宿しているのがポイントだろう。

 ライトマンは『JUNO/ジュノ』に続き2度目の監督賞ノミネートを果たしたが、賞を狙っていたわけではない。オスカーを手にした成功に萎縮し、身動きが取れなくなる監督も見てきたが、彼自身は成功を恐れてはいない。

「キャリアは山あり谷ありだ」と、ライトマンは言う。「作品数が非常に少なくて、ひどい映画を1本撮ったせいでつぶされてしまうよりは、ビリー・ワイルダーのようにたくさん撮って傑作を5、6本残すほうがいい」

『マイレージ、マイライフ』はライトマンの傑作の1本として記憶されることになるだろう。

[2010年3月 3日号掲載]

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