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「スラムドッグは侮辱じゃない」

A 'Slumdog' in Heat

批評家は絶賛しても作品の舞台インドでは大ブーイング。アカデミー賞8冠『スラ ムドッグ$ミリオネア』の監督ダニー・ボイルが批判に答えた

2009年5月14日(木)18時10分

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 この1年で最も心温まる映画との呼び声も高い『スラムドッグ$ミリオネア』。インドのムンバイのスラム街に生まれた若者がテレビのクイズ番組に出演し、正解を重ねて高額賞金獲得に近づいていく。その青年ジャマール(デーブ・パテル)の波乱万丈の人生を描くこの映画は、批評家の絶賛を浴び、米アカデミー賞では作品賞や監督賞など8冠に輝いた。既に公開された国では、大勢の観客が映画館に足を運んでいる。

 しかし、映画の舞台インドでは批判が殺到している。ムンバイのスラムを見せ物にし、貧しい人々の名誉を傷つけたという反発が起きている上に、スラムの住人を「ドッグ(犬)」呼ばわりしたと憤慨する人も多い。国際版編集長ファリード・ザカリアが監督のダニー・ボイルに話を聞いた。

──これほど批評家に絶賛されると予想していたか。

「よし、これだ」と思う瞬間はどの映画の制作中にもあるが、こんなに評価してもらえるとは夢にも思っていなかった。それでも、ムンバイの街の一部を写し取れれば素晴らしい映画になるだろうという思いはあった。

──ところがそのインドでは、「スラムドッグ」という言葉が侮蔑的だという批判がある。どういう意味でこの言葉を使ったのか。

 この件は本当に残念に思うが、観客には映画を批判する権利があるし、暴力さえ伴わなければ抗議活動は社会が健全な証拠だ。私たちとしては、「アンダードッグ(負け犬)」に声援を送るという意味と、主人公がスラムの出身だという意味を重ね合わせて、この言葉を使った。

──インドの貧困に光を当てた映画だと感じた人もいるようだ。

 この作品は娯楽映画であってドキュメンタリーではないが、ムンバイのすべてを可能な限り描きたいという気持ちはあった。そうである以上、そこから目を背けるわけにはいかない。
 私にとってスラムは驚くべき場所だった。絶望的な貧困を目の当たりにすると半ば予想してそこに足を踏み入れると、実際に待っているのは圧倒的なエネルギーだ。どんなに苦しい状況でも決してへこたれない力強さがそこにある。映画ではそうしたエネルギーを写し取り、同時にスラムの人々が生きていかなくてはならない過酷な環境を描きたいと思った。

──インドでさらに反発が広がるという不安は感じないか。何らかの法的な対策は取っているのか。

 いや、法的な対策は取っていない。いま一番心配しているのは若い出演者のことだ。特に、貧しい地区出身の2人の身の安全について考えている。それに限らず、いかなる暴力も起きてほしくない。

 映画が巻き起こす怒りや批判、論争に関しては、作品を誇りに思っているのであれば受けて立つことが映画監督の務めだと思う。私は誇りを持って、批判や論争に向き合いたい。

──ムンバイではどれくらいの期間を過ごしたのか。

 だいたい1年くらいだ。インドに、とりわけムンバイに触れた人間は、いい意味でも悪い意味でもその途端に全身に電流が走ったような衝撃を感じる。この感覚は撮影を始めたときから変わっていない。映画の仕事を始めて以来、今ほど自分が生き生きとしていたことはなかった。

──インドから強烈な影響を受けたようだが、そこから抜け出すのは難しいのでは?

 飛行機に乗ってインドを離れるのは簡単だが、インドの影響から抜け出すことはできない。どこへ行っても付いてくる。


──またインドを舞台にした映画を撮るつもりは?

 ムンバイでサスペンスを撮りたい。今回の作品はサスペンスとロマンスとコメディーの要素を併せ持ったピカレスク映画だったが、この町ほどサスペンスにうってつけの舞台はほかにないとずっと思っていた。次回作ではないが、いつかやりたい。

──ほかに言っておきたいことがあればどうぞ。

 ムンバイとこの魅力的な町に生きるすべての人にありがとうと言いたい。映画監督にとって、ムンバイで過ごす時間は素晴らしい贈り物だ。感謝の気持ちは一生忘れない。これはすべての人に対する私の思いだ。私たちを愛してくれている人たちに対しても、私たちを憎んでいる人たちに対してもそう思っている。

 ある人が哲学者プラトンの言葉を教えてくれた。「常に優しく人に接すべし。あなたが出会うすべての人はつらい戦いを強いられているのだから」

 こういう姿勢で生きれば、それこそどんな状況にも耐えられる。私たちはムンバイで撮影中に、この精神を胸に行動したつもりだ。いつかインドの人々がそれを分かってくれればいいのだが。

[2009年4月22日号掲載]

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