最新記事
脳科学

笑ってはいけないほど笑ってしまうのはなぜか?──脳が暴走する「こらえ笑い」の正体

The Science of Laughter

2026年3月26日(木)14時04分
ミシェル・スピア (英ブリストル大学解剖学教授)
笑ってはいけないほど笑ってしまうのはなぜか?──脳が暴走する「こらえ笑い」の正体

本来笑うべきではない場所で笑ってしまうのは「仲間」の存在が神経学的に大きな意味を持つという MICHAELHEIM/SHUTTERSTOCK

<礼拝や葬儀、会議といった「笑ってはいけない場面」でなぜ笑いは暴走するのか。その背後には、感情の衝動と理性の抑制がせめぎ合う、驚くほど複雑な脳のメカニズムがある>

私はあんなに笑ったことはない。教会での礼拝中、何か少しだけ変なものが目に入った。友人もそれを見て、彼女が笑い出したら最後、笑いが止まらなくなった。何年かたって何がそんなにおかしかったのか説明しようとしたが、その場にいた人でないと分からないようだ。

笑ってはいけない状況で誰かと一緒に笑い出したら止まらなくなるのは、どういう訳なのだろう?

ほとんどの人は覚えがあるはずだ。厳粛な場面。完全な静粛。些細な何かが一瞬目に入る。いつもならせいぜいくすっとする程度なのに、笑うまいとすればするほど笑いが止まらなくなる。


こらえようとしてかえって笑ってしまうのは宗教的な場面に限ったことではない。静粛と真剣さと自制が求められ、笑ってはいけない場面なら、どこでも起こり得る。

それはマナーが悪いとか空気が読めないというより、脳がプレッシャーの下でどう振る舞うかを物語っている。その科学的メカニズムは驚くほど複雑だ。

教会や法廷や葬儀など非常にフォーマルな場面では、脳は能動的な抑制状態(意図的に脳の活動を抑制するプロセス)で機能する。

最も関与している領域は脳の前方にある前頭前野で、この部分は思考や意思決定をつかさどる。特に内側部(ないそくぶ、左右に二分した際に見える面)と外側部(がいそくぶ、外側から見える面)は、社会的判断、行動の制御、感情の調節に関連する。感情が込み上げるのを止めるのではなく、感情の表出を抑制するのだ。

衝動と抑制のせめぎ合い

笑いの源は単一の「笑いの中枢」ではなく脳内の分散ネットワークだ。衝動は脳の外側から始まるが、感情的な衝動は感情をつかさどる大脳深部の大脳辺縁から来ている。

大脳辺縁系には、感情を処理し物事に感情的な重要性を割り振るアーモンド形の扁桃体と、心拍数や呼吸など自律的な身体機能を制御する視床下部がある。笑い出すと、脳幹(脊髄とつながる脳の基部)の回路が働き、表情や呼吸や発声を調節する。

その結果、笑いを止めようとしてもなかなか止まらなくなる。普通は前頭前野がこの反応を抑制し、場違いな笑いを抑制する。脳の興奮や共通の社会的合図によって制御が弱まると、自分の意図とは関係なく自律的・反射的に笑い出す。

言い換えれば、笑いたい衝動と笑いを止めようとする努力は脳の別々の部分で生じ、せめぎ合っているわけだ。

予期せぬものや奇妙なものを目にした途端、おのずと感情的反応が起きる。それを制御するプロセスは努力を要し、エネルギーを消耗し、失敗しやすい。長く御し続けなければならない場合はなおさらだ。

制御しようとすればするほど「スイッチ」が頭から離れなくなる。制御されて考えなくなるどころか繰り返し考える羽目になるのだ。

笑いは単なるユーモアへの反応ではない。神経学的には、感情的・身体的な緊張を解く調節反射作用もある。

制約のある環境では神経系のはけ口がほとんどない。あなたは動けず、話せず、体勢もあまり変えられず、不快感を伝えることもできない。

同時に自律神経系がわずかに活性化され、心拍数が上昇し、呼吸が浅くなり、筋肉の緊張度が高まる。

この組み合わせは感情の解放の閾値(いきち)を下げる。体はいつ何かを吐き出してもおかしくない状態だ。

共犯意識が拍車をかける

いったん笑い出すと、脳幹の自動運動経路が動員され、簡単には遮断できない。それで笑い出したら止められない気がするのだ。

多くの場合、笑いが止まらなくなるのは最初のスイッチではない。自分以外にも誰かが同じスイッチに気付いたときだ。

皆で笑えば怖くない!? PEOPLEIMAGES/SHUTTERSTOCK

皆で笑えば怖くない!? PEOPLEIMAGES/SHUTTERSTOCK

社会神経生物学が関係してくるのはここからだ。人間は顔のこわばり、呼吸の変化、抑えた笑顔など、わずかな社会的合図に非常に敏感だ。

私たちはこれらの合図を、大脳の側頭葉に位置する上側頭溝(他者の意図を理解するのに重要な役割を果たす)を含めたネットワークを通じて素早く処理する。自分が行動するときも他者の行動を見ても活性化するミラーニューロンも、これらの合図に気付く手助けをする。

誰かと一緒に笑うことは共感の表れだ。共通の認識は同時に2つの効果をもたらす。自分の反応が正しいという証明(「これは想像じゃない」)と「自分だけがルールを破っている」という罪悪感の払拭(「笑いをこらえているのは自分だけじゃない」)だ。

前頭前野の制御システムはさらに弱体化し、感情の伝染によって笑いが広がっていく。

こうなると最初のスイッチはどうでもよく、お互い相手が笑いをこらえようとする姿に笑いが止まらなくなる。

大抵こうした笑いのスイッチは視覚的な刺激だ。単語の間違った発音や予想外のフレーズも同じ反応を引き起こす場合もあるが、周囲が静かな場合は特に、視覚的なスイッチが強力だ。スイッチを切ったり話して紛らしたりすることはできず、笑いをこらえようとする限り、脳が何度もそうしたスイッチを再生できる。

一方、口頭でのスイッチは瞬時に共有されがちだ。笑い出すかどうかは社会的抑制の回復の早さ次第だ。

「場違い」な笑いは「無礼」「子供っぽい」と受け止められがちだ。しかし神経学的に見れば、社会的な生き物である人間に感情の抑制が続けば起きてもおかしくない。

脳はガス抜き無しでは抑制を続けられない。厳しく自制しているとき誰かが一緒なら、笑いがはけ口になる。だから止まらない気がするのだ。

もうあなたに「決定権」はない。(脳の)システムが決定権を握り、あなたは無力だ。

The Conversation

Michelle Spear, Professor of Anatomy, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


【関連記事】
「AI」と「脳科学」と「量子コンピューター」がつながる未来...応用脳科学が見据える2050年とは?
自閉症は人類の脳が「進化した結果」との研究結果...脳の発達の遅れが進化に貢献した可能性も
楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持と認知症リスク低下の可能性、英研究

ニューズウィーク日本版 BTS再始動
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年3月31号(3月24日発売)は「BTS再始動」特集。7人の「完全体」で新章へ、世界が注目するカムバックの意味 ―光化門ライブ速報―

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


メンバーシップ無料
ニューズウィーク日本版メンバーシップ登録
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:ホルムズ海峡の護衛に暗雲、紅海の失敗が影 イ

ワールド

暫定予算案を27日に閣議決定=高市首相

ワールド

中国、長期介護保険制度を導入 急速な高齢化に対応

ワールド

アイルランド26・27年インフレ率予想上方修正、エ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 2
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「日本産ミュージカルの夢」に賭ける理由【独占インタビュー】
  • 3
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終回に世界中から批判殺到【ネタバレ注意】
  • 4
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 5
    「有事の金」が下がる逆説 イラン戦争で市場に何が…
  • 6
    デンマーク王妃「帰郷」に沸騰...豪州訪問で浮かび上…
  • 7
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 8
    地上侵攻もありえる...イラン戦争が今後たどり得る「…
  • 9
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下…
  • 10
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 1
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 3
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 6
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 9
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中