クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が語る「助かった人たちの行動」

2025年11月6日(木)16時24分
中山 茂大(ノンフィクション作家、人喰い熊評論家)*PRESIDENT Onlineからの転載

「貴様は俺を食うつもりかあ!」

(3)「気合い」で助かる

次に紹介するのは、クマに立ち向かって撃退した事例である。


士別市で農業を営む武山藤吉(七十四歳)は、自宅から十キロ離れた山林で三十メートルほど先にヒグマを見つけた。五歳くらいで体重は百二十キロほど。開拓に入って以来ヒグマを見たのは二度目で、全身の血がサーッと引いていくのがわかった。

ヒグマは頭を左右に振りながら、ゆっくり近づいてきた(筆者註:これはヤバイ個体の行動パターンである)。睨み合いながらジリジリと後ずさりするうち、何かにつまづいて転んでしまった。尻の左側にカッと熱いものが突き刺さり、噛みつかれたのだとわかった。

立木を背にした武山は腰に鉈を下げていたことを思い出し、ヒグマの顔面めがけて渾身の力をこめて打ち込むと、手応えがあり、クマの右目下から血が噴き出した。クマは数メートル下がって立ち上がった。毛を逆立てて物凄い形相である。「さあ来い!」三十年竹刀を振るってきた剣道四段のれっぱくの気合いに、さすがのクマも怖じ気づいたのか、背中を向けて笹藪に駆け込んだ。(『読売新聞』昭和45年9月27日)


この事件は、かの日高山脈で福岡大学ワンゲル部員3人が喰い殺された事件とほぼ同時期に起きているが、それはともかく、絶体絶命の状況で「気合い」を放つことで死地を免れた人は意外に多い。

newsweekjp20251106054818.jpg

「福岡大学ワンダーフォーゲル部遭難事件」の加害熊の剥製


小栗さんが熊を撃って手負わせ山の中腹に居たところ、熊が峰の頂上に現れ、小栗さんを見ると十数間を一直線に突っ込んできて、鉄砲を構える隙も与えず、両前足で小栗さんを抑えつけてしまった。

小栗さんが絶体絶命と思い、「貴様は俺を食うつもりかあ」と精いっぱいの声を出しで絶叫すると、熊は驚いて手を放した。その一瞬、小栗さんは鉄砲を持ったまま下の谷底にとびおりた。(中略)小栗さんは重傷を負いながら山小屋に辿り着いて救いを求め、辛うじて生命が助かったのである(『サロベツ原野 ―わが開拓の回顧―』佐々木登)

浦河町の平野清博も決してヒグマを恐れず、いわば「度胸勝ち」でヒグマを逸走させたが、ある年の秋、野深の奥にマイタケ採りに入って、ヒグマに出遭った。(中略)

彼は山用に改造したマキリ一丁をふりまわしながらなおも進んだ。立ち止まったらやられる。頭のどこかに「熊なんて弱いものなんだ」という父のことばが聞こえる。その時ヒグマは鼻から勢いよく白い液を、かれめがけて飛ばした。かまわず進む。

(中略)「こら、オレみたいな強い男に向かってくるのか......」叫びかけたかれの声にヒグマが驚いたように立ち止まり、クルッと後ろむきになると逃げだした。かれがなおも追いかけると根曲がり竹の上を飛ぶように逃げ失せたという。(文責 高田)(『続浦河百話』)

相手を「手強い」とみると、クマもひるんで退散する。まさに「気合い」でクマに勝つわけである。

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