最新記事

サバイバル

無人島にたどり着いた日本人たちがたらふく味わった「牛肉より美味い動物」とは?

2021年9月7日(火)20時25分
椎名 誠(作家) *PRESIDENT Onlineからの転載

まるでフィクションのような面白さの漂流記

76トン、2本マストのスクーナー型帆船、というから船としては小型、かわいいスケールだ。この船が座礁して太平洋のちっぽけな無人島に漂着する。そうして厳しくもすばらしい16人のおじさんおよび青年らのタタカイがはじまるのだ。

明治32年5月。ミッドウェイ諸島に近い(といってもだいぶ離れている)パール・エンド・ハーミーズで座礁、という記述がある。かれらが漂着した小さな島から銅板にクギでそう書きこみ流木に釘で打ちつけて流した、とある。

この船が座礁して漂着したのだが、その船の主な目的は漁業調査だったらしい。作業の主軸はサメとウミガメと海鳥の捕獲。その帰途に遭難したのだ。巨大な珊瑚(サンゴ)が連なる海で小型の帆船が座礁すると悲惨である。投錨(とうびょう)した錨(いかり)は分断され固い珊瑚の海に弄ばれて半壊状態で叩きつけられてしまう。半壊した船から比較的大きな岩に太綱をさしわたし、独特の方法で16人はなんとか船から脱出し、ひっぱり出した工作道具や生活道具、わずかに回収した食料などを岸にまで運ぶ。このへんからすでにこの漂流記の過激な展開に心を奪われる。あとはおわりまで一気読みだ。あまりの面白さにこれはフィクションかもしれない、とも思った。島の名前も海域も何も書いていなかったのだ。

読みおわって「おもしろかったあ」とよろこんでいるときに新潮社のグラフィック雑誌で日本海の島に取材にいくことになっていた。編集者、カメラマンなど4人組である。

道々ぼくが面白い本だった! と力をこめていうものだから同行編集者の1人が興味をもった。

サウジ君(あだ名)である。本当はショウジ君というのだが父親の仕事の関係でサウジアラビアで育った。だからということか思考関係がちょっとエキセントリックだ。たとえば、日本海の離島のしけた掘っ建て小屋の観光ラーメン屋のおばあちゃんに、メニューにある「海鮮ラーメン850円と、スペシャルラーメン750円のグレードはどう違うのですか」などと真顔で質問している。

「バカかおめえ」
「島から一度も出たことのないようなおばあちゃんに、グレードとはなんという」

編集部の先輩に呆れられていた。

どっちのグレードが上か忘れたが、ラーメンを食い終るとサウジ君はぼくがしきりに面白がっていたその本のコピーをぼくに読ませて下さい! と力づよく言うのだった。

そのようなやりとりをすっかり忘れていたころ、サウジ君から電話があり、

「あの謎の漂流船の乗組員が16人そろって日本に帰還した、という古い新聞を見つけました。それをもとに著者の遺族とも連絡をとれるかもしれません」

そういう知らせが入ったのだった。でかしたグレード・サウジ君。

それから数カ月後だったろうか、またサウジ君から連絡があって、

「あの本を新潮社で文庫として再生できることになりました。勿論講談社にも連絡しました。したがってその解説を書いてください」

16人のおじさんと青年の暑い島での辛く不安でハラペコで、あるときは太平洋の孤島でしか味わえない歓喜の日々の概略をぼくは喜んで書きはじめた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、来週訪米 トランプ氏や高官と会談へ

ビジネス

1.20ドルまでのユーロ高見過ごせる、それ以上は複

ビジネス

関税とユーロ高、「10%」が輸出への影響の目安=ラ

ビジネス

アングル:アフリカに賭ける中国自動車メーカー、欧米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 6
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中