コラム

日銀債務超過論の不毛

2017年05月08日(月)14時30分

日銀がこのように、内部的に行われている出口分析の公表を現状で控えているのは、当然のことである。というのは、現状で重要なのは、まずは一刻も早く完全雇用を達成して目標インフレ率に到達することだからである。行政改革推進本部提言は「出口戦略の要諦は市場とのスムーズな対話」にあるとして、出口分析の開示を日銀に求めている。しかし、現状で必要なのは、出口がどうなるかではなく、「今のところ出口はあり得ない」ことを市場に知らしめることなのである。

確かに日本経済は、失業率の低下や雇用状況の改善等に見られるように、1990年代から20年以上続いたデフレ期以前の、マクロ経済的に正常な状態に戻りつつある。つまり、着実に出口に近づきつつあるとはいえる。とはいえ、賃金や物価の上昇は未だ不十分である。おそらく、2%というインフレ目標に到達するのには、最も早くてもあと2年はかかるであろう。その間に予想できなかったマイナスのショックが生じた場合には、目標達成はさらに遅くなる。また、それ自体は悪いことではないが、完全雇用失業率が事前の想定よりも大幅に低く、完全失業率が2%近くになってもまだ2%インフレ目標に到達しない可能性もある。

そのような状況で、日銀が何らかの出口シミュレーションを公表して、金融引き締めを市場に織り込ませるようなことをするのは、目標達成をわざわざ自ら妨害するようなものである。そして、その日銀に出口分析を開示せよと要求するというのは、日銀の足を引っぱることを目的とした、単なる嫌がらせにすぎない。

「付利引き上げ」は行われるとしても相当に先

確かに、異次元緩和政策の出口の段階で、日銀剰余金の減少が生じる可能性は高い。しかし、行政改革推進本部提言が示唆するように、その出口が「円の信認を維持する措置を講じざるを得ない」といった状況を招くことは、まったく考えられない。というのは、「通貨の信認」とは要するに通貨価値が維持できているということであるが、そのために重要なのは、中央銀行が通貨供給を適切に管理することであり、それ以上でも以下でもないからである。中央銀行の損益や自己資本どうであろうとも、中央銀行が通貨供給を適切に管理できなければ通貨価値は維持できないし、その逆も真である。そして、中央銀行の通貨供給調節において、その損益や資本状況が制約になることはない。

そもそも、日銀が債務超過に陥る可能性はきわめて低い。また、仮に日銀の債務超過が生じたとしても、それは過渡的なものにすぎない。つまり、日銀債務超過論とは、部分的に生じる事象を極端に解釈した批判のための批判であり、福澤諭吉のいう「極端主義」そのものなのである。

行政改革推進本部提言は、出口において日銀の財務状況が悪化する主な原因として、「日銀当座預金に対する付利引き上げによる利子支払いの増加」と「日銀が保有する国債等の資産の減損」の二つを挙げている。この二つの要因のうち、かつて重視されていたのは後者であった。しかし近年では、米FRBが「付利引き上げによる出口戦略」を選択したことによって、前者が強調されることが多い。そこでここでは、とりあえずこの前者すなわち「付利引き上げ」問題を考察することにしよう。

筆者が上記の4月10日付コラムで論じたように、量的緩和政策からの出口のこれまでの実例には、福井俊彦総裁時代の日銀による2006年のそれと、2015年12月の政策金利引き上げによって開始された、米FRBによる現在進行中のそれがある。この二つの出口の最も大きな相違は、福井日銀がそのバランスシートをごく短期間に一気呵成に圧縮することで政策金利引き上げを実現させたのに対して、米FRBは量的緩和によって拡大したバランスシートをおおむね維持しながら利上げを行ったところにある。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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