コラム

日銀債務超過論の不毛

2017年05月08日(月)14時30分

米FRBがそのために用いた手段が、「金融機関が中央銀行に対して持つ準備預金の超過部分に対する付利の引き上げ」であった。金融機関が短期金融市場で借り入れを行う場合、必ず中央銀行預金への付利以上の金利を支払わなければならないので、中央銀行がベースマネーを吸収してバランスシートを圧縮しない場合でも、付利を引き上げることによって政策金利である短期市場金利を引き上げることが可能となる。

現在の異次元金融緩和政策からの出口も、福井日銀のようなバランスシートの即時圧縮によるのではなく、FRBが現在行っているような「バランスシートを維持しながら」のものになる可能性は高い。しかし、仮に日銀が付利の引き上げをある時点で行うにしても、それは相当に先のことになるはずである。

4月10日付の拙コラムで論じたように、日銀が将来的に行う異次元緩和政策からの出口は、かつての福井日銀のやり方も、また現在のFRBのそれも、そのままの形で踏襲されることはおそらくない。というのは、市場関係者やメディアなどが予想しているように、その出口の第一歩は、現在のイールドカーブ・コントロール政策の枠組みを維持しつつ、「長期金利目標の引き上げ」という形で行われる可能性が強いからである。付利の引き上げが行われるとすれば、それは「インフレの加速を抑制するには長期金利のみではなく短期市場金利の引き上げも必要となる」という状況においてである。しかし、そのような状況が訪れるのは、おそらく出口を開始してからさらに数年経った後になる。

まず想起すべきは、現在の日銀は、インフレ率が2%を一時的に上回ってもすぐに金融緩和をやめるのではなく、それが安定的に2%を超えるまでベースマネーの拡大を継続するというオーバーシュート型コミットメントを行っているという点である。これは、インフレ率が仮に2%に到達したとしても、本格的な出口が実行されるのはその先になるということを意味する。それまでに、長期金利目標が徐々に引き上げられる結果として、ベースマネーの増加が抑制される可能性はある。しかし、「ベースマネーの吸収によるバランスシートの圧縮」という意味でのテーパリングが実行されるのは、あくまでもインフレ率が安定的に2%を超えたのちのことである。その前の段階で付利の引き上げが行われる可能性はほとんどない。

そもそも、日銀当座預金の一部には、現在は付利ではなくマイナス金利が適用されている。したがって、付利の引き上げの前には、まずはマイナス金利の廃止が実行される必要がある。そして、それが可能になるためには、現在はゼロ%とされている長期金利目標が引き上げられる必要がある。というのは、昨年9月にイールドカーブ・コントロール政策が導入されたのは、イールドカーブをスティープ化させることで短期金利と長期金利の差を確保し、金融機関の収益機会を保全することにあったからである。

つまり、付利の引き上げが実行されるのは、長期金利目標が引き上げられ、さらにはマイナス金利が廃止されたのちのことである。現在はまだそのとば口にも達していない。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

バイデン氏、半導体大手マイクロンへの補助金発表 最

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story