コラム

中国政府が世界各国からデータを入手する3つの手法とは...

2022年11月14日(月)16時54分

中国はアメリカなどの企業への出資や買収によって、その企業が保有するデータを入手したり、その企業のブランドを使って製品を販売し、そこからデータを得たりしている。中国のビッグテックテンセントはActivision Blizzard(2022 年に Microsoft が買収)、League of LegendsのRiot Games(40%)、FortniteのEpic Games(100%)などに資本参加している。前述のHaier社はアメリカのGE Appliancesを買収し、そのブランドを使った製品を提供している。

中国はその市場が大きいころから、それを利用して中国市場に進出する企業からデータ収集を行っている。たとえばテスラの収益の3分の1を占め、テスラのユーザーデータは中国のサーバーに保管されている。アリババ経由で中国市場向けに商品を販売していたドラッグストアチェーンであるウォルグリーンは、北米7,000店舗にAliPayを導入することになった。当然ながら中国にあるデータセンターのデータは国家情報法によって中国当局がアクセス可能となっている。

ひとつひとつは些細で取るに足らないように思えるデータも集積して組み合わせれば貴重なデータにかわることをモザイク理論と呼ぶが中国が行っているのはまさにその実践である。FortniteやLeague of Legendsなどのゲームアプリから得られる個人情報には氏名や住所、クレジットカード番号などだけに留まらず、ゲームコミュニティの人間関係、音楽の嗜好、行動パターンなどが含まれ、これらのいくつかはHaierのIoT家電製品から得られるデータと組み合わされて、家族、住宅、年収、食生活、体重、身長、監視カメラからの映像(家族や友人の顔、服装)などと結びつけられ、iHealth、Mi Fit(Xiaomi)、Yoho Sports といったフィットネストラッカーのデータと結びつけられれば移動データから仕事先が特定され、仕事先から同僚や上司まで特定される。

アメリカを蝕むデータ安全保障上の脆弱性

アメリカ企業からこうしたデータが中国に流れ続けるのは、アメリカのビッグテックのために規制がゆるかったことと、多くのアメリカ企業が巨大な中国市場に魅力を感じていることにある。また、その背景には、アメリカの企業の多くが国家安全保障よりも自社の利益を優先していることがある。

アメリカには中長期的なデータに関する戦略そのものがなく、データの保護についての国家としてのビジョンが欠落していた。その脇の甘さが規制のあまさにつながり、ビッグテックのイノベーションを促進した面もあるが、中国のデータ優位を許すことにもつながった。

一方、中国はデータを戦略資源と位置づけ、さまざまな手段を用いて収集してきていた。本稿であげたのはほんの一例にすぎない。

戦略資源としてデータを扱ってきた中国と、戦略が欠落していたアメリカの差が、現在の状態を生んでいる。

日本のデータは大丈夫なのか?

前掲の『Trafficking Data: How China Is Winning the Battle for Digital Sovereignty』では、アメリカに比べるとヨーロッパや日本には規制があり、一方的に中国にデータが流れるような事態にはなっていないとしているが、果たして本当にそうなのだろうか?

そもそもいまだにTikTokを官公庁や企業が利用している時点でデータ安全保障に気を遣っているとは思われないような気もする。

Haier社がGE Appliancesを買収して、アメリカでそのブランドをいかしているように、多くのパソコンが中国企業に買収され、元のブランドのまま市場に流通している。中国企業レノボが、IBMからパソコン事業を買収し、ThinkPadのブランドを使っているのは比較的知られているが、NECや富士通のパソコンもレノボ傘下である。NECのパソコンのサイトを見ると、運営はNECパーソナルコンピュータ株式会社となっているが、さらにNECパーソナルコンピュータ株式会社のサイトを確認するとレノボグループの一員であることがわかる。同様に富士通のパソコンは富士通クライアントコンピューティング株式会社が販売しており、こちらもレノボの傘下だ。レノボは以前、利用者のパソコンから勝手にデータを収集していたことでスパイの疑惑が持たれたこともある。

中国に進出している日本の自動車メーカーが中国国内で保有するデータは自動的に中国当局からアクセス可能となっているはずだし、大連の企業に日本からアウトソーシングされている業務のデータも同様に中国当局からアクセス可能だ。

早稲田大学や桜美林大学など多数の日本の大学の構内に中国の孔子学院がある。中国語学習のための機関だが、アメリカやカナダでは中国当局とのつながりへの懸念から多くが閉鎖された。孔子学院には当然ながら学生のデータが渡るが、それだけではなく中国SNSのWeChatの中国語学習アプリを使ったり、連絡に使ったりしているのでそのデータも中国当局にわたる。

さらに、日本国内で中国製のスマホはふつうに販売されているし、DJIドローンやフィットネストラッカーなどは、スマホのアプリと連動するようになっているので、スマホからもデータが収集される。製品・サービス経由、出資・買収、中国市場からの圧力の3つの手法が日本でも広範に行使されていることは間違いない。

もちろん、中国がそこまでやっていない可能性もあるが、安全とは想定されるリスクを回避することで実現できる。データ・トラフィッキングが想定されるリスクである以上は、対策や実態調査が必要と考えるべきだろう。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story