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マクロスコープ:日中関係悪化、長期化の様相 2012年には自動車輸出80%減も

2025年11月17日(月)12時00分

 11月17日、台湾問題をめぐる高市早苗首相の国会答弁を発端に、日中関係の悪化が長期化の様相を呈している。中国は国民に日本への渡航を控えるよう呼びかけるなど対抗措置を講じ始めた。中国の措置がインバウンド需要を押し下げ、さらに貿易にまで及ぶ事態となれば日本経済への打撃は避けられない。2022年7月撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

Tamiyuki Kihara Yoshifumi Takemoto

[東京 17日 ロイター] - 台湾問題をめぐる高市早苗首相の国会答弁を発端に、日中関係の悪化が長期化の様相を呈している。中国は国民に日本への渡航を控えるよう呼びかけるなど対抗措置を講じ始めた。中国の措置がインバウンド需要を押し下げ、さらに貿易にまで及ぶ事態となれば日本経済への打撃は避けられない。

日中関係悪化で記憶に新しいのは2012年だ。日本が実効支配し、中国も領有権を主張する尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領有権をめぐって両国が対立し、中国で反日デモや日本製品の不買運動が盛り上がった。訪日客数は激減し、自動車輸出にも大きな影響が及んだ。今回、専門家は当時のケースを引き合いに「日本の1年分の成長率の半分を超える押し下げ効果」が出てくる可能性を指摘する。

<高市氏「存立危機事態になり得る」>

ことの発端は今月7日の衆院予算委員会だ。立憲民主党の岡田克也元外相が、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」として想定されるケースについて質問。高市氏は台湾問題に言及し、「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考える」と答弁した。

これに対し、台湾問題を「核心的利益の中の核心」と位置付ける中国側は猛烈に反発。中国大使館によると、駐日中国大使の呉江浩氏は14日、日本外務省に「中国の内政に著しく干渉し、中国の越えてはならない一線を越えた」と伝達。中国共産党機関紙「人民日報」も同日、日本は戦時中の軍国主義を復活させ、歴史の過ちを繰り返そうとしているとする論評を掲載した。中国政府は両国関係の悪化と「重大なリスク」を理由に、国民に対して日本への渡航を控えるようにも呼びかけている。

<12年にも関係悪化>

日中関係は12年にも極度に悪化した。当時、東京都の石原慎太郎知事が尖閣諸島の購入を模索。都による購入を避けようと、民主党の野田佳彦政権は同年9月に尖閣を国有化したが、一連の日本側の動きに中国が強く反発。反日デモや不買運動が各地で巻き起こった。

日本貿易振興機構(JETRO)の資料によると、当時対中輸出品目で大きく影響を受けたのは建設用・鉱山用機械、原動機などの一般機械や鉄鋼、自動車などだった。特に自動車への影響は大きく、国有化直後の10月には前年同月比82.4%減、9―12月期も前年同期比63.0%減と大きく減らした。

通年で見ても、12年の日中貿易総額は約3337億ドル(前年比3.3%減)と3年ぶりに減少。中国国内の景気悪化も重なり、日本からの輸出は約1447億ドル(前年比10.4%減)と大きく減らした。翌年以降も引き続き振るわず、回復基調を示したのは17年以降のことだった。

観光面でも訪日旅行のキャンセルが相次いだ。日本政府観光局の統計によると、12年の中国からの訪日客は約83万人。翌13年には70万人となり、11年の東日本大震災後に持ち直していた客足が減少に転じた。

<双方強気崩さず>

今回、日中関係悪化が当時のように長期化した場合、日本経済への打撃は計り知れない。インバウンド需要の剥落や輸出への影響が表面化すれば、空前の株高に水を差しかねない。企業業績の悪化と経済不安を懸念して日銀の利上げがさらに遠のけば、円安を主因とした物価高騰が国民生活を圧迫し続ける可能性もある。

加えて外交日程の歯車もかみ合わない。高市氏は10月31日、韓国で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、習近平国家主席と首脳会談を開いたばかりだ。近年、APECは日中首脳が相まみえる「年に1回の貴重な機会」(日本政府関係者)とされており、今月下旬に南アフリカで開催される20カ国・地域(G20)首脳会議で高市氏と李強首相が接触する可能性はあるものの、習氏との首脳会談実現は当面見通せない。12年の関係悪化の際、再び首脳会談が開かれたのは2年以上たってのことだった。

ただ、日中双方ともに現時点で歩み寄りの姿勢は見られない。木原稔官房長官は17日の記者会見で「日中間では日常的に様々なレベルでやり取りを行っている。政府としては中国側の一連の措置による影響を含めて引き続き状況を注視し適切な対応を行っていく」と述べるにとどめた。

経済面の影響については「留学や観光を含む2国間の人的交流を委縮させるかのような(中国側の)発表は、まさしく日中首脳会談で合意している『戦略的互恵関係』『建設的かつ安定的な関係の構築』といった方向性と異なるもので相いれない。中国側に対して適切な対応を求めていく」と語った。

外務省の金井正彰アジア大洋州局長は17日から中国を訪れ、両国関係の現状について対話を模索することにしている。

<専門家「成長率半分押し下げ」>

こうした現状を専門家はどう見ているのか。

野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は「中国外務省の渡航自粛呼びかけにより、中国の訪日観光客は大きく減少し、日本に相応の経済損失が生じることが見込まれる」と指摘する。

12年のケースでは訪日客数が(国有化直後の9月からの)1年間で前年比25.1%減少したとし、「今年9月まで1年間の中国の訪日客数は922万人に上る。向こう1年で前年比25.1%減少すると仮定すると、インバウンド消費の1年間の減少額は2兆2124億円となり、1年間の実質GDPを0.36%押し下げる計算となる」と分析する。

「内閣府の試算では日本経済の潜在成長率は今年4―6月期で前年同期比プラス0.6%だ。訪日客数の減少は日本の1年分の成長率の半分を超える押し下げ効果を持つことになる。この先の日本経済や物価高に苦しむ国民生活を考えるうえで、大きな懸念材料が加わった形だ」と話した。

(鬼原民幸、竹本能文 編集:橋本浩)

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