コラム

「逆立ちで月面着陸」の原因が判明! 総括会見で明かされたSLIMプロジェクトの最終評価と今後の展望

2024年12月27日(金)21時50分

3.予定されていなかった越夜の成功

SLIMはもともと、月着陸後、機器が熱くなりすぎて電気系統などが機能しなくなるまでの数日間の活動を想定しており、月の起源を探るために搭載された「マルチバンド分光カメラ(MBC)」を使って周囲のカンラン岩(カンラン石を豊富に含む岩石)の撮影を行う予定でした。

けれど、メインエンジンのトラブルで想定とは異なる姿勢での着陸となり、太陽電池パネルに太陽光が当たらないため一時電源がオフとなりました。その後、月の夕方になり、西を向いているSLIMの太陽電池パネルに太陽光が当たるようになった1月28日に地上との通信が再度行えるようになり、運用が再開されました。

月は昼が約14日間、夜が約14日間続きます。赤道付近では昼は110℃、夜はマイナス170℃に達します。極寒の夜に耐えて次の昼に太陽電池が復旧して運用を再開する「越夜」は、設計上は想定されていませんでした。

しかし実際は「越夜」に3回も成功。4月28~29日の運用終了後、4回目の夜を迎えて以降もSLIMとの通信を試みましたが、成功しませんでした。そのため、8月23日にSLIMの活動を停止させるコマンドを送信し、運用を終了しました。

坂井マネージャは「越夜できた理由を解明することは難しいが、部品の精度や実装、ハンダ付けなど細かいところも含めて、メーカーが丁寧に仕上げてくれたことが功を奏したのではないか」と話しています。

実は、運用終了後もSLIMは活躍が見込まれています。NASAとの国際協力の一環としてSLIMに搭載されたリフレクター(LRA:反射板)は、月周回軌道からレーザーを照射して反射光を調べることで、精密な測距が行えます。

24年5月にはNASAの月周回機「LRO」(Lunar Reconnaissance Orbiter)が実際にレーザー測距を試みて、成功しています。NASAは継続的に測距を試みるということなので、SLIMは今後も月面上で測距の標的・基準点としての役割を果たし続けます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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