コラム

宇宙飛行士にして医学者、古川聡さんに聞いた「地球生活で活かせる宇宙の知見」と「『医師が宇宙飛行士』の利点」

2024年12月03日(火)17時10分

筆者が「古川さんは大学教授っぽいな」と感じる理由の2つめは、「宇宙に関する知見を手際よくまとめて、さらに勉強の成果を出し惜しみなく他人とシェアするところ」です。

古川さんはいくつかの論文を執筆しています。とくに宇宙放射線生物学に関するレビュー論文(※独自研究の成果をまとめた論文とは異なり、あるテーマに沿って過去に実施された研究を検証し、論拠をまとめたもの)では、この分野の研究史と現状が痒いところに手が届くような構成で余すことなく語られています。

──宇宙で暮らす時代を迎えることを見据えた、古川さんの宇宙放射線生物学のレビュー論文はすごく面白くて、何度も読みました。古川さんがこれからの宇宙医学で気になること、期待することを教えてください。

古川 宇宙医学全体としては、月を目指す際に国際宇宙ステーションのような地球低軌道(※Low Earth Orbit:高度2000キロまでの軌道)よりも放射線環境が過酷になります。なので遺伝子を傷つけて発がんという可能性のほかに、例えば長期的に中枢神経系に影響があるのではないかという仮説が最近あって、NASAなどによって研究が進んでいます。

月面特有の問題としては、レゴリスの研究も必要ですね。月面で宇宙遊泳したときに、ローバーや宇宙基地にレゴリスをどう持ち込むかが課題になると思います。月面と、さらにその先を狙う際には「医療の自動化、自律化」がキーワードになります。

レゴリスとは、粉末状の月の石のことです。アポロ17号の宇宙飛行士の宇宙服は月面活動後、レゴリスによって炭鉱夫のように粉塵まみれになったと言います。さらに月面で活動した12人全員が、目の痛みや鼻づまりといった花粉症のような症状を示したそうです。古川さんはこれまでも、久しぶりに人類が月面に着陸することになる「アルテミス計画」で、宇宙飛行士が月面歩行でレゴリスを吸い込むことによる呼吸器の影響について懸念を示しています。

また、JAXAの7人の現役宇宙飛行士のうち、古川さん、金井さん、米田さんの3人が医学のバックグラウンドを持ちます。古川さんは「医師の宇宙飛行士」の利点として、①生命科学系の実験でその背景まで理解して実施し、その意義を自分の言葉で説明できる、②宇宙で体調不良者が現れた場合に仲間に安心してもらえる、などを挙げています。

ISSにいる宇宙飛行士は、緊急の時には数時間~1日くらいで地球に帰還することが可能です。しかし、月では最低3日間、火星では場合によっては数カ月もかかってしまいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英アストラゼネカ、中国に150億ドル投資 スターマ

ワールド

米ウェイモの自動運転車、小学校付近で児童と接触 当

ワールド

独首相、ルールに基づく国際秩序強調 「関税の脅しに

ビジネス

中国、不動産業界締め付け策撤廃と報道 関連銘柄急伸
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大胆な犯行の一部始終を捉えた「衝撃映像」が話題に
  • 4
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 5
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 6
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    人民解放軍を弱体化させてでも...習近平が軍幹部を立…
  • 9
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 10
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story