最新記事

ドイツ

ドイツ、ワクチン接種をめぐる「市民戦争」 フェイクニュースはなぜ広まるのか

2021年12月13日(月)17時39分
モーゲンスタン陽子

ワクチン接種義務付けに反対する人々 ドイツ・フランクフルト REUTERS/Kai Pfaffenbach

<今後の接種義務拡大の可能性に伴い懸念されるのが、コロナ政策反対派や陰謀論者の過激化だ。現在ドイツ各地で反対派による暴力事件が増え続けている......>

ドイツでは、12月10日、老人医療施設やクリニック、ホーム介護スタッフなどへのワクチン接種が義務付けられた。22年3月より有効となり、違反者には罰金が課される。一般のワクチン義務付けに関しては来年の連邦議会で審議される。

今回のような職務固有の接種義務付けには外来看護サービス協会などからも批判が出ているが、今後の接種義務拡大の可能性に伴い懸念されるのが、クエアデンカーと呼ばれる各種コロナ政策反対派や陰謀論者の過激化だ。現在ドイツ各地で反対派による暴力事件が増え続けている。「市民戦争」「南北戦争」勃発などと言われることもある(規制反対・ワクチン陰謀論者は南東部に多い)。

ドイツ各地に広がる暴力

現在ドイツで最悪の感染ホットスポットであり、反ワクチン主義者の多いザクセン州の一部では、コロナテストセンター従業員への脅迫が繰り返されたため、センターが閉鎖に追い込まれた。リベラルの多い他州でも、店員や乗務員、マスク不着用を注意した一般市民などがナイフで脅されたり、入院を要するほど殴られたり、また、ひき逃げ未遂まで起きている。9月には、マスク不着用を客に注意した男子学生店員が射殺された。

ベルリン近郊の小さな町ケーニヒス・ヴスターハウゼンでは先週、40歳の父親が妻と3人の子供(10歳、8歳、4歳)を射殺後に自殺するという痛ましい事件が起こった。警察は捜査中として詳細を公表していないが、父親はワクチンパスポート用QRコードの偽造犯だったとすでに大きく報道されている。父親は、これにより警察に親権を奪われるなどと思い込んでいたといわれ、過激派というより精神面に問題があったようだ。ただしこの父親も、学生射殺犯と同様、メッセージングアプリのTelegramのクエアデンカーのチャットグループに参加していたようだ。

過激派の温床となったTelegram

Facebook やTwitterなどと異なり、過激な内容でも削除されないTelegramは過激派の温床にもなっているといわれている。先述の学生射殺事件も、Telegram内では歓迎ムードだったという。今月初めにはザクセン州ミヒャエル・クレッチマー州首相に対する殺害計画が発見され、州警察が捜査中だ。

ロシア人起業家によりベルリンで設立されたTelegramは、現在本拠地をドバイに置く。ドイツで200万人以上のユーザーがおり、人種差別やテロ組織のリクルート、政治家・科学者・ジャーナリストなどの殺害呼びかけなどが頻繁に行われているようだ。ドイツ司法当局は今年の春ごろからアラブ首長国連邦の司法局に呼びかけ、ドイツ国内でのネット上の言論の安全を定めるNetzDG法の遵守を呼びかけているが、効果はあまり出ていない。ドイツでは未接種者がワクチンパスポートを有効化するための偽QRコードが大きな問題となっているが、偽コードが売買されたり、フェイクニュースが出回ったりするのもこのTelegramだ。

拡散されるフェイクニュース

ワクチン開発の立役者、ビオンテック社創始者のウグル・シャヒンが「実はワクチンを接種していない」というフェイクニュースも広く出回っているが、こちらはドイチェ・ヴェレが事実ではないことを検証し証明している。出回っているビデオは実在の映像から恣意的に切り取り組み合わせたもので、特に、シャヒンが55歳の時に受けたインタビューで、政府の指定する「優先・ハイリスクグループ」ではなかった彼がまだ「接種していない」と発言した部分だけが拡大解釈されて拡散されたようだ。実際にはシャヒンは数ヶ月前に接種を終え、現在はブースター接種も済んでいるという。

一方、大衆誌最大手のビルトは、「ロックダウンメーカー」として3人の科学者を実名顔写真付きで掲載し、各方面から批判を浴びている。現在の厳しい規制があたかも科学者たち個人によって作り出されたものであるとするような論調は極めて危険だ。コロナ禍で一躍注目を浴びるようになったクリステアン・ドロステンをはじめ、多くの科学者たちがパンデミック開始以来身体的・精神的脅迫を受けていると述べている。ベルリンのフンボルト大学および科学組織同盟は声明で同誌を強く批判している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

金現物、4500ドル初めて突破 銀・プラチナも最高

ワールド

イスラエル、軍ラジオを来年閉鎖 言論の自由脅かすと

ワールド

再送-ベネズエラが原油を洋上保管、米圧力で輸出支障

ワールド

豪NSW州で銃規制・ 反テロ法強化、乱射事件受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中