最新記事

オピニオン

アサドはトランプの「レッドライン」を越えた

2018年4月10日(火)16時47分
フレデリック・ホフ(元中東特使)

サリンを使用したアサド政権への「抑止力」としてシリアの空軍基地に向けて米駆逐艦が発射した巡航ミサイル(2017年4月) Ford Williams/Courtesy U.S. Navy/REUTERS

<シリアから早期撤退したいというトランプ発言を聞いて大量殺人の欲求に火がついたのか? アメリカは、化学兵器は容認できないという言葉を実行に移すべきだ>

ダマスカス近郊で、アサド政権が一般市民を標的に、猛毒を使った化学兵器による攻撃を行った疑いがある。もしもこれが真実ならば、アサド政権という「ならず者国家によるいつもの大量殺人」では済まない。アメリカにとっては大いなる侮辱であり、ドナルド・トランプ政権の信頼性に対する重大な挑戦だ。

シリアのバシャル・アサド大統領は、シリアからの早期撤退を望むという先日のトランプの発言を聞いてこんな賭けに出たのかもしれない。シリアから早く軍を撤退させたいと考えている人間なら、化学兵器を使用しても強力な対抗策は取らないだろうと、アサドは考えたのだろう。これまで繰り返し塩素ガスを使用しても見過ごされてきたことを考えれば、尚更だ。

アサドにとってこれは、殺人依存症に浸る絶好のチャンスだったのかもしれない。標的が無防備であればあるほど、恐怖を引き起こす化学物質を使いたいという彼の欲求は高まる。

効かなかった抑止力

1年前、アメリカはアサド政権が北西部のハーンシャイフーンの市民に対して猛毒の神経剤サリンを使用したことへの対抗措置として、シリアの軍事施設にミサイル攻撃を行った。

シリアは2013年8月にもサリンを使用している。当時のバラク・オバマ米大統領は、化学兵器の使用を「レッドライン(越えてはならない一線)を越える行為」だとしたものの、軍事介入は見送った。それでもこの時は、ロシアが仲介する形でシリアは化学兵器の廃棄に合意。合意に沿ってシリアは大量の化学物質を廃棄し、サリンもそこに含まれているはずだったが、実際は廃棄などしていなかったようだ。

そして2017年4月。シリアが再びサリンを使用したと判断したアメリカは、対抗措置として同国の(サリンを積んだ爆撃機が発射された)シャイラット空軍基地を巡航ミサイルで攻撃。これでアサドに、サリンの使用を控えるべきであることを納得させることができたように(少なくとも最近までは)見えていた。

だがアメリカが「化学兵器を使用した戦争を抑止するため」として攻撃を行った後も、アサドは繰り返し一般市民に対して塩素ガスを使用し挑戦的な姿勢を示してきた。塩素ガスは廃棄対象に含まれなかった大きな抜け穴だ。

H.R.マクマスター国家安全保障担当大統領補佐官(当時)も2018年2月にドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議、抑止が機能していないことを認めた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 2

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子供を「蹴った」年配女性の動画が大炎上 「信じ難いほど傲慢」

  • 3

    あまりの激しさで上半身があらわになる女性も...スーパーで買い物客7人が「大乱闘」を繰り広げる動画が話題に

  • 4

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 5

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 5

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 9

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中