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不法移民

「神様、どうか力を下さい」──アメリカに奪われた8歳の息子を私が取り戻すまで

‘I WENT TO GET HIS SHOES, AND HE WAS GONE’

2019年02月06日(水)15時15分
ロミナ・ルイスゴイリエナ(ジャーナリスト)

そこでカルロスは相場の約3倍に当たる1万3000ドルで特別待遇の密入国業者を雇った。この業者の手引きで親子は(輸送用コンテナではなく)車で5日間をかけて移動。業者はアメリカへ入国する直前にカルロスに証拠の動画を送り、カルロスはこの時点で最終的な支払いを行ったという。

その後、親子はテキサス州マッカレンの税関・国境取締局に出頭。一時的に拘束されても審理までは釈放される「キャッチ・アンド・リリース」を予想していたが、待っていたのは「ゼロ・トレランス」だった。

【参考記事】「ダディ、これどうするの?」──不法移民の親子引き離し停止、イヴァンカやクルーニー夫妻が与えた圧力

さて、舞台は再びグアテマラシティの米大使館前。オルティスが手製のプラカードを掲げていたとき、ちょうど車で通り掛かったのが移民問題専門の弁護士ペドロ・パブロ・ソラレスだ。数あるプラカードの中で、オルティスのは際立っていた。「それが唯一、一人称で書かれたプラカードだったから」とソラレスは言う。

記者たちに囲まれたオルティスが語る体験談を聞いて、ソラレスは衝撃を受けた。だから彼女に歩み寄って手を取り、「私が手を貸そう、一緒に息子さんを取り戻そう」と申し出た。

オルティスはある意味、幸運だった。多くの親は子供がどこにいるのかも分からなかったが、アントニーはグアテマラの祖父の家の電話番号を覚えていたため、テキサス州の保護施設にいることが分かっていた。

その後、オルティスは週に3日はグアテマラシティに行き、マスコミに話をしたり、ソラレスの手助けで当局者と会ったりした。中には彼女を責める人もいた。ある当局者はカルロスに言及し、「家族でもない人の元に息子を連れていけばどんなことになるか、分かっていたはずだ」と非難した。オルティス自身、それが危険な賭けであることは承知していた。

母子をつなぐ週に1度の電話

引き離されて45日目の午後、オルティスは筆者を、エルサルバドル国境に近い故郷の町シウダ・ペドロ・デ・アルバラドに案内してくれた。町というより、道の駅という感じだ。荒れた斜面に囲まれた谷底に、軽量コンクリートのブロックで造られたトタン屋根の家が並ぶ。住民の多くは行商をしたり、トラック運転手相手の屋台で食べ物を売ったりしている。

オルティスは表通りを離れて小学校に入った。1年生の教室の前で立ち止まると、教師が話し掛けてきた。「アントニーを連れて帰ったの?」。オルティスは凍り付いた。頭を振る彼女の目から涙があふれた。「あんなこと、しなけりゃよかった」。後に彼女は言った。アメリカ行きのことだ。「でも息子のためだった」

火曜日は週で一番いい日だ。アントニーから彼女の携帯電話に20分のビデオ電話が来る。火曜日だけは目が覚めたときからわくわくしている。すぐにシャワーを浴びて、着る物を選ぶ。

アントニーはたいてい広くて明るい部屋から電話してくる。そこでソーシャルワーカーのカウンセリングも受けている。絵を描いている日もある。他の子供たちが後ろを通ると、母親に紹介することもある。

ある火曜日、オルティスは着信音が鳴るとすぐ電話に出た。彼女は父親の車の助手席に座っていた。後ろの席からオルティスの継母と、姉妹2人が携帯の画面をのぞき込む。

赤いTシャツを着たアントニーが満面の笑みで画面に現れ、カメラを動かして頭を見せた。

「髪を切ってもらったの?」

「うん、ぼくの言ったとおりに切ってくれた。いいでしょ?」

「かっこいいわ」

「ママは誰と一緒なの?」

「ああ、みんないるわ。きっともうすぐ、ママたちと一緒に車に乗れる、以前のようにね。行きたいって言ってたお店でハンバーガーを食べようね」

「あのね、髪を切りに行った所でね、ピザを食べたよ!」

「よかったね。もう少しの辛抱だからね。悲しくなんかないよね?」

「うん、ママ」。息子はうつむいた。

「爪をかんじゃダメだよ」

「うん。あ、もう時間だ。ママ大好き」

「ママもだよ!」

電話は切れたが、彼女は少しほっとした。これまでの電話では泣いていた息子が、今日は泣かなかったからだ。電話で話せるようになって最初の3週間は、自分もアメリカにいるふりをしていた。「遠くにいると知って息子が悲しまないように」だ。国に戻ったと打ち明けると、「どうして、ぼくに嘘をついたの?」と言われた。

7月中旬、オルティスはうれしそうにしていた。アメリカの連邦地裁が少し前に、7月26日までに子供たち全員を親に引き渡せと命じていたからだ。「その日までに息子が戻れば誕生日まで2週間あるから、ゆっくり準備ができる」と、彼女は言った。息子は自転車をねだっていたから、「今年こそ自転車を買ってあげるつもり」。

【参考記事】不法移民から没収された大量の私物は何を語る

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