Picture Power

セネガルに巣くう学校という名の奴隷制

SCHOOL OF KNOCKS

Photographs by MARIO CRUZ

セネガルに巣くう学校という名の奴隷制

SCHOOL OF KNOCKS

Photographs by MARIO CRUZ

セネガルの首都ダカールにある宗教学校「ダーラ」でコーランを読む少年。彼らタリベと呼ばれる生徒たちは常に虐待の恐怖に怯えている

 西アフリカのセネガルでは、あらゆる町にイスラム教のコーラン学校「ダーラ」がある。そこではタリベと呼ばれる多くの少年が、学校とは名ばかりの奴隷制に捕らわれて暮らしている。

 タリベたちの日課は通りに出て、長いときは1日8時間も物乞いをすること。平均日給が4ドルのこの国で、彼らは日に数ドルは稼ぐよう強制される。ダーラに戻れば宗教指導者「マラブー」が金を取り上げる。稼ぎが少ない者は殴られることになる。

 この学校で、ほとんど行われないことの1つが教育だ。礼拝や物乞いの間に空き時間があれば、コーランを暗唱させられる。間違えればまた殴られる。

 今は腐り切った都会のダーラだが、もともとはセネガルで11世紀から続く伝統的なイスラム教育機関だった。村人は息子を地元マラブーの元に送り、コーランを学ばせた。マラブーが少年に物乞いをさせても、あくまで謙虚さを育むためだった。

 この伝統が崩壊したのは1970年代半ばのこと。主要輸出品だった落花生産業の低迷により、地方から多くの農業従事者が都市部に流入し、ダーラの多くも都会に居を移した。

 都市部の路上でタリベの姿が目立つようになると、国内外の援助団体がダーラへの財政支援を行うように。皮肉にもこれが、「都市でタリベに物乞いさせようと多くのマラブーに思わせる」結果になったと、人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘している。

 そんなタリベたちの姿を昨年、写真に収めたのがポルトガル出身の写真家マリオ・クルスだ。「多くの少年が虐待を恐れ、夜も眠れずにいた」と、彼は言う。

 コーランの暗唱中、パニックで泣きだす少年を何人も見た。あるダーラでは、間違えた少年2人の顔をマラブーが殴り付けていた。別のダーラでは、最年少の少年が逃亡しないよう足かせをはめられていた。

「彼らは読み書きもできず、10歳以下でダーラに送られ、住む町に知り合いもいない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの西アフリカ専門家コリーヌ・デュフカは言う。「逃げてもまた物乞いに戻る羽目になる」

 増員して利益を上げるため、人身売買組織を通じてギニアビサウなど周辺国から子供を買うマラブーもいる。セネガルの刑法では児童虐待や人身売買、子供への物乞いの強要などは犯罪とされるが、マラブーが裁かれることはめったにない。

 08年にはダーラを規制する法案が提出されたが、いまだに成立しないまま。法が整備されるまでは、捕らわれのタリベは危険を冒して逃亡するか、解放される18歳で物乞いを続けるしかない。

 長年の虐待に萎縮し、逃亡の意思すら失った多くの少年たちはより楽な道を選ぶ――奴隷主を太らせるため、今日も路上で物乞いをするのだ。


撮影:マリオ・クルス

1987年、ポルトガルのリスボン生まれ。フォトジャーナリズムを学び、2006年からポルトガルの通信社でキャリアを積む。2012年から社会問題、人権問題をテーマに活動し、2016年の世界報道写真コンテスト部門賞などを受賞している

Photographs by Mario Cruz

<本誌2016年7月6日号掲載>


【お知らせ】

『TEN YEARS OF PICTURE POWER 写真の力』

PPbook.jpg本誌に連載中の写真で世界を伝える「Picture Power」が、お陰様で連載10年を迎え1冊の本になりました。厳選した傑作25作品と、10年間に掲載した全482本の記録です。

スタンリー・グリーン/ ゲイリー・ナイト/パオロ・ペレグリン/本城直季/マーカス・ブリースデール/カイ・ウィーデンホッファー/クリス・ホンドロス/新井 卓/ティム・ヘザーリントン/リチャード・モス/岡原功祐/ゲーリー・コロナド/アリクサンドラ・ファツィーナ/ジム・ゴールドバーグ/Q・サカマキ/東川哲也/シャノン・ジェンセン/マーティン・ローマー/ギヨーム・エルボ/ジェローム・ディレイ/アンドルー・テスタ/パオロ・ウッズ/レアケ・ポッセルト/ダイナ・リトブスキー/ガイ・マーチン

新聞、ラジオ、写真誌などでも取り上げていただき、好評発売中です。


MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中