ニュース速報

ワールド

アングル:移民に厳しいイタリア、高学歴スキル認めず低成長に拍車

2023年05月08日(月)07時21分

 イタリアでは労働許可や市民権の取得が厳しく制限されるなど、幾つもの要因が重なり、外国人労働者はいくら能力が高くても、良い職に就くことが非常に難しい。写真はミラノにあるレストランのキッチンで働く移民。4月26日撮影(2023年 ロイター/Claudia Greco)

[28日 ロイター] - フィリピンで長年、高校の数学教師を務めたマリリン・ネーバーさん(49)は14年前、イタリアに移住してきた。ガリレオやフィボナッチを生んだこの国で、腕に磨きをかけたいとの希望を胸に──。

彼女は今、ローマで家政婦として働いている。いつか「天職」に戻れるという期待は捨てた。「この国は、フィリピンで取った学位や履修課程を認めてくれない。私は専門職に就けない」と語る。

アブヒシェクさん(26)の場合、イタリアで取った学位さえ役に立たない。インドから来た彼はトリノの大学で昨年、機械工学の修士号を取ったが、初級レベルのイタリア語しか話せないため、何件も就職を断られた。今は英語が使えるオランダでエンジニアの職に就いている。

イタリアでは労働許可や市民権の取得が厳しく制限されるなど、幾つもの要因が重なり、外国人労働者はいくら能力が高くても、良い職に就くことが非常に難しい。

大半の西側諸国と異なり、移住者が医師やエンジニア、教師などの専門職に就いているのを見ることはまれだ。経済が慢性的に低迷し、高齢化と人口減少が急ピッチで進むこの国にとっては「警戒信号」だと言える。

欧州連合(EU)の統計局・ユーロスタットが今年3月に発表したデータによると、イタリアにいるEU域外出身労働者の67%強が能力をもて余している。つまり大学レベルの教育を受けているのに、中・低技能の職に甘んじているのだ。

EU全体では、この平均が約40%。加盟27カ国中でイタリアより高いのはギリシャだけで、フランスとドイツは30―35%程度だ。

イタリアは、高い職能を備えた国民が経済の好調な国に脱出するという問題にも見舞われており、移住者によって専門職の人手不足を補う必要性が増しているとエコノミストは言う。また、大半の欧州北部諸国と異なり、イタリアの職場では英語が広く使われていない。

イタリア労働省のデータによると、同国に住む外国人約500万人の大半は失業中か、ホテル、レストラン、工場、建設現場、零細商店などで単純労働に就いている。

<慢性的な低成長>

イタリア経済は、2000年から実質ベースでほとんど成長していない。1995年から2021年にかけての労働生産性上昇率はわずか年0.4%と、EU平均の3分の1に満たないことが、ユーロスタットの統計で分かる。

イタリア政府は何十年にもわたって移住者の職能育成や労働力への取り込みを怠ってきた。それどころか、移住者を警戒すべき要因として扱ってきたとトリノ大学の社会学教授、フィリッポ・バルベラ氏は言う。

メローニ首相の右派政権は4月、地中海を渡ってくる移住者の急増を受けて「非常事態」を宣言した。

半年前に就任した首相は、移民受け入れ規則を厳格化する一方で、合法移住のルートを増やすとしたが、具体策は講じていない。

メローニ氏は4月下旬、記者団に対し「移民について語る前に、女性の労働参加率を高め、出生率を引き上げる可能性に取り組むべきだ。これらが優先事項だ」と述べ、移民受け入れ拡大によって、経済問題を解決する案をはねつけた。

政府データによると、イタリアは今年、EU域外からの移住者約8万3000人に労働許可を与える見通し。こうした人々の労働許可申請27万7000件の3分の1以下だ。

労働許可の半分以上は一時的な季節労働が対象で、残りの大半は工場労働など技能の低い仕事。出身国で資格を取った専門職労働者に割り当てられる分は1000件に過ぎない。

移住者の多くは、雇用主に自分の学位などを認めさせることの大変さに当惑している。

イタリアのギルド(同業者組合)は大半が自国民にしか開かれておらず、学歴や職歴、もしくは試験に基づく厳しい要件が定められている。

ベネズエラ出身の社会学者、グスタボ・ガルシアさん(39)は、4年前からイタリアで食品配送や住宅塗装、庭師などの仕事に就いている。

5年かけて母国で取った社会学の修士号は、イタリアの3年分の単位に格下げされてしまい、現在はパドバ大学で失われた単位を取るために勉強中だ。

<人口減や高債務の解決にも>

イタリア銀行(中央銀行)や多くのエコノミストは、移民が人口や労働力の減少を和らげ、脆弱な財政の支えにもなると主張する。昨年の出生者数は1861年のイタリア統一以来で最低だった。

財務省の基本シナリオでは、移民が33%増えるとイタリアの国内総生産(GDP)に対する債務比率は2070年までに30ポイント以上、低下する見通しだ。

同国の債務比率は昨年末時点で144%と、ユーロ圏でギリシャに次いで2番目に高い。

EU域外からの移住者が市民権を取るまでの道のりは、大半の西洋諸国に比べて長く厳しい。合法的に10年以上、イタリアに住んでいる18歳以上の人しか申請ができない。

10代でイタリアに移住したモロッコ出身のウサマさん(32)は市民権を獲得し、昨年トリノの大学で化学工学の修士号を取った。それでもいまだにハッピーエンドは訪れていない。

彼は卒業以来の半年間、就職活動に失敗しては単純労働を行っている。

「何でもやった。市場で働いたし、チラシ配りもやった。家族を食べさせるためなら、もう一度そうした仕事をするのもいとわない」と語るウサマさんは今、職場の健康・安全システムを開発する企業のインターンをしている。

トリノ大学のバルベラ教授は「イタリアの移民は、実質的に中間層に手が届かない。これは自己実現的な面もある。単純労働にしか就けないことに慣れてしまい、自分の居場所はここだと思い込んでしまっているのだ」と語った。

(Alessandro Parodi記者、 Alberto Chiumento記者)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米BofA、利益率16─18%に 投資家に中期目標

ワールド

トランプ関税の合憲性、米最高裁が口頭弁論開始 結果

ビジネス

FRB現行政策「過度に引き締め的」、景気にリスク=

ワールド

米、ICBM「ミニットマン3」発射実験実施 ロシア
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中