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アングル:インドネシア首都移転、地価高騰に取り残される先住民

2023年03月22日(水)07時40分

 総工費320億ドル(約4兆2600億円)を投じ、新しい首都をボルネオ島に建設するというインドネシア大統領の計画がようやく実現に向かい始める中で、かつてのんびりとした集落だったスカラジャ村は急速な変貌を遂げつつある。写真は東カリマンタンのセパクにある新首都建設予定地近くのパーム油のプランテーション。3月8日撮影(2023年 ロイター/Willy Kurniawan)

[スカラジャ(インドネシア) 15日 ロイター] - 総工費320億ドル(約4兆2600億円)を投じ、新しい首都をボルネオ島に建設するというインドネシア大統領の計画がようやく実現に向かい始める中で、かつてのんびりとした集落だったスカラジャ村は急速な変貌を遂げつつある。

リズキ・マウラナ・ペルウィラ・アトマジャ村長(38)によれば、新大統領府の建設地から10キロメートルの場所にあるこの村の周囲では、地価が4倍に跳ね上がった。農家の中にはヤシやゴムの木を栽培するプランテーションの一部を売却し、「突然、新車を買った」例もあるという。

リズキ村長はヤシの木々の前に建つゲストハウスとカフェを経営するが、これも労働者の流入により繁盛していると話す。建設労働者向けに部屋を賃貸しているが、近隣では住宅が商店に変わった例もあるという。

「ジョコウィ」ことジョコ・ウィドド大統領が首都移転計画を発表してから4年。「ヌサンタラ」と命名された26万ヘクタール近い新首都の建設予定地域では、中心部で建設工事が加速している。これを好機と見る人々がいる一方で、変化を危惧する声もある。

この地域の先住民バリク族のヤティ・ダーリアさん(32)は自宅が政府系ビルの建築予定地になっていることを知り、近隣のどこかに土地を買おうとしている。

だが「ヌサンタラ」中心部から少し外れたところでも、同程度の広さの区画の価格は7億ルピアから12億ルピアへと高騰した。ヤティさんがいま住んでいる土地と、食料品店を営んでいる青い合板でできた小屋に対して政府から出る補償金の10倍だ。

ヤティさんは、「じわじわと(政府に)殺されつつあるような感じだ」と語る。

ヤティさんをはじめとするバリク族の人々は補償金の増額を訴えているが、自分の土地に対する公式の権利書を持っていない人も多く、その分、政府との交渉で不利になるとヤティさんは言う。

バリク族の指導者であるシブクディンさん(60)によれば、土地は自分たちのアイデンティティーであると感じ、立ち退きを拒んでいる人もいるという。

「私たちが政府に求めているのは、特別な配慮をしてくれということだけだ」とシブクディンさんは話す。

<立ち並ぶ「売地」看板>

材木伐採地や農園、炭鉱、村落が散在する森林主体の地域に新首都を建設するプロジェクトは、環境に優しいスマート都市という構想を掲げるが、コロナ禍により何度も延期されている。出資を約束していた日本のソフトバンクグループも昨年撤退してしまった。

だがジョコ大統領は、東南アジア最大の経済国であるインドネシアのうち、中心となるジャワ島以外の開発が遅れた地域において経済成長を加速するには、混雑したジャカルタからの首都移転が必須だと主張。自身の目玉政策にこだわりを見せる。

この将来的な成長という予測が土地ブームに火を付けた。新都心予定地のすぐ外を走る埃っぽい道路沿いでは、数キロおきに「売地」の看板が見える。

「ヌサンタラ」開発ゾーン内にある人口約4000人の集落、テンギンバル村のジュナイディン村長は、貯水池に近い一角では地価が16倍以上になったと話す。

インドネシア当局は土地投機を抑え込むため、土地売買に対する行政上の承認を凍結した。だが同村長によれば、闇取引が行われているという。

同国不動産協会の東カリマンタン支部長を務めるバグス・スセトヨ氏は、土地権利書のない取引は効力が薄く、当局が取り締まりを命じた場合にはキャンセルされる可能性があると指摘する。

バグス支部長によれば、取引許可が一時的にストップしているため、大手不動産会社は「ヌサンタラ」地域の土地抵当銀行の買収に動かなかったという。

<土地投機の影響は>

インドネシアでは数多くの大規模プロジェクトが、土地取得の難航により遅れに悩まされてきた。中国の出資を得てジャワ島で進められる総工費70億ドルの高速鉄道プロジェクトや、ジャカルタ市内の大規模高速鉄道など、ジョコ大統領が掲げる他の目玉プロジェクトも例外ではない。

もっとも新首都開発庁では、土地の補償価格は独立機関により公正に査定されているため、土地投機は開発計画に影響を与えないはずだとしている。

同庁のアクマド・ジャカ・サントス・アディウィジャヤ長官はロイターの取材に対し「住民が価格を自分で決められないのと同じように、政府が勝手に価格を決めているわけではない。争いが生じた場合は裁判で決まる」と語った。

大統領官邸が発表した声明によれば、2月に現地を視察したジョコ大統領は、土地取得を巡る問題は全て解決済みであり、現地住民に対する支払いは3月に行われると述べたという。

大統領は首都移転について強気の日程を設定している。

2024年上半期には、ヌサンタラが新首都として宣言される。大統領府・官邸を含む主要政府機関は同8月までに移転の準備を整えなければならない。翌年には官僚、警察官、軍当局者1万6000人以上がジャカルタから移動する。

現在、建設予定地で働く労働者は7000人以上だが、今年後半にはさらに数千人が追加される見込みだ。

仕事を求めて他の地域から流入する人々もいる。

アルピアンさん(55)は、ボルネオ島内の炭鉱での仕事を捨て、まもなく首都になる地域で給水機を使った水の販売を始めた。収入は以前の2倍になっているという。

「水はもっともっと必要になる。国営企業からの供給では足りない」。アルピアンさんは銀色のピックアップトラックの荷台で、こう話した。

(Stefanno Sulaiman記者 翻訳:エァクレーレン)

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