ニュース速報

焦点:「死に体」の香港長官、それでも辞任できない中国の事情

2019年07月14日(日)09時57分

Greg Torode and John Ruwitch

[香港 10日 ロイター] - 香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案は「死んだ」と述べ、同法案を巡る取り組みは「完全な失敗」だったと認めた。同長官のこの謝罪と説明は、香港内の政治的緊張を緩和するには至らず、長々と引き延ばされてきた辞任は時間の問題になったようだ。

デモ参加者や活動家は長官の言葉は信頼できないと主張し、法案の完全撤回と行政長官の辞任を求める声が高まっている。

抗議活動は今後も予定されており、数週間におよぶ大規模かつ時に暴徒化するデモにより、香港は1997年に中国に返還されて以来最大の危機に直面している。

「鉄の女」とも言われるラム長官は辞任はしないと強調しているが、ここ数回の公の場での発言を受け、彼女がすでに辞任の意向を固めたのではないかという憶測が広がっている。

デモ隊による辞任要求を受けて、5年の任期満了を待たずに2年で辞任する気はあるのかという問いに対し、ラム氏は「CE(行政長官)が辞任することはそう簡単ではない」、「私はまだ、香港の人たちのために奉仕する情熱を持っている」と応じた。

一部のアナリストらは、この発言は長官がすでに辞表を出したというサインとみた。しかし、中国政府が適切な時期だと判断しない限り、辞任はできない。

香港やマカオの情勢に詳しい政治学者のソニー・ロー氏は、プロセスは人々が考えるよりずっと複雑だと指摘する。中国政府は、国内・地域のリスクを精査して後継者を探す必要がある。その仕事内容が、香港内の貴重な自由と中国共産党の権威主義を天秤にかけながらバランスを取るということであることを考えると、人選は至難を極める。

ロー氏によると、中国政府は、改正案を巡る騒動で発生したダメージの一部を「修繕」してからラム氏が辞任することを要望する可能性がある。だが、来年9月の立法会選挙までには確実に去っていることを望むだろうという。

ラム氏が率いた改正案への取り組みの失敗を受け、香港の親中派勢力も分裂する気配を見せている。香港の権力者層の間では、すでに幅広い批判の声があがっている。

外交官やアナリストらは、来年1月の台湾総統選挙までは、中国政府が「一国二制度」のイメージをこれ以上傷つけることはしないだろうとみている。中国は一国二制度を台湾にも提案しているが、台湾は拒否している。

香港科技大学のミン・シン准教授は、中国政府はラム氏の辞任を認めないだろうとの見解を示す。

「いま彼女が辞めたり、中国政府に辞任を強いられるようなことがあれば、それは香港および国際社会に対して、世界最大の一党支配国家かつ世界最大の独裁国家である中国が大衆世論の圧力に屈した、という強いシグナルを発することになる」

それでも、一部のアナリストや外交官らは、ラム氏がすでに習近平国家主席のもっと幅広い安全保障政策に痛手を与え、これ以外の安全保障関連の法案を香港で通すことを困難にしたうえ、民主改革を求める市民の声を再び強めることになったと指摘する。

香港の張超雄(フェルナンド・チャン)議員はロイターに対し、ラム氏はいまやレームダック(死に体)であり、任期を全うすることはできないと語る。

張議員は、「市民の批判に対する政府と行政長官の対処を見れば、真の民主主義なしに責任ある統治など望むべくもないことを人々は理解した」と述べた。「一度気づいてしまえば、もう引き返すことはない」

デモ隊が掲げるプラカードには、「ブラッディキャリー」が「香港を売り飛ばした」という文字が並び、ラム長官の支持率は香港返還後の行政長官として最低を記録している。

多くの人にとって、彼女の運命は、返還後最初の行政長官となった董建華氏を思い起こさせる。2003年に国家安全条例に反対する約50万人がデモに繰り出すと、董氏は即座に辞任の意思を示した。

しかし、董氏が実際に辞任できたのはそれから2年後だった。董氏は当時、「去るのは簡単だが、とどまるのはずっと困難だ」と語っている。

(翻訳:宗えりか、編集:久保信博)

ロイター
Copyright (C) 2019 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン攻撃は「ロシアンルーレット」、 スペイン首相

ワールド

焦点:イラン戦争で米の対中防衛手薄になるか、同盟国

ビジネス

台湾の輸出受注、1月は60.1%増で過去最高 AI

ビジネス

再送-三井住友TG、米レイモンド・ジェームズと協業
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 6
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中