筆者とイーライ・ロス

『イングロリアス・バスターズ』はアメリカだけで1億2000万ドルを売り上げて、クエンティン・タランティーノにとって『パルプ・フィクション』以来の大ヒットになった。ディズニー傘下から独立してから鳴かず飛ばずのワインスタイン・カンパニーもなんとか首がつながったようだ。

『イングロ~』はなぜヒットしたのか? ひとつは、アメリカ中のユダヤ人が劇場に集まったからだと思う。

 舞台は第2次世界大戦中、ナチス・ドイツ支配下のフランス。密かに潜入したユダヤ系アメリカ人だけの米軍特殊部隊「栄光なき野郎ども(イングロリアス・バスターズ)」がナチを殺しまくる。殺した後でアパッチのように頭の皮を剥ぐ。それだけじゃない。バスターズは最後に世界中のユダヤ人が夢に見てきたことを実現してしまう! 

 映画館で観た時は、平日の昼間なので客は老夫婦ばかりだったが、クライマックスではご老人たちが拳を突き上げて「イエーッ!」と歓声を上げていた。なかにはユダヤ系の人もいただろう。

 ところがタランティーノの母はチェロキー・インディアンで、父は赤ん坊の頃に生き別れたイタリア系だ。ユダヤと縁もゆかりもない彼が、どうしてこんなユダヤ系の怒りが憑依したかのような映画を作ったのか。

「ユダヤのことはみんな僕が教えたんだよ」

 先日、インタビューで会ったイーライ・ロスはそう言った。彼は『キャビン・フィーバー』『ホステル』などのホラー映画で知られる映画監督だが、『イングロ~』では俳優としてユダヤ系部隊の一人を演じている。タランティーノとロスは私生活でも兄弟分のように仲がいい。

「クエンティンが『イングロ~』の脚本を書くとき、僕はユダヤ人に関する部分を監修してあげたんだ」

 イーライ・ロスはタランティーノにユダヤの風習や文化や歴史を教えた。ロス家での過ぎ越しの祭にも招待した。そこでタランティーノはロスの家族や親戚から話を聞いて、ユダヤ人の悲しみと怒りを理解していった。

「ユダヤ系は誰でも1人は親戚をナチに殺されているからね」

 ロスが演じるドノウィッツ軍曹は野球のバットでナチの兵士の頭を叩き割る。そのバットには何やらビッシリと文字が書かれている。

「あのバットの話は本編ではカットされたけど、ちゃんと撮影したんだよ。ドノウィッツ軍曹はボストンのユダヤ人街の床屋の息子なんだ。で、戦争に行ってナチと戦うことになって、ユダヤ人街の人々があのバットに寄せ書きするんだ。これで家族や親戚の仇を討ってくれとね」

 ドノウィッツはナチから「ユダヤの熊」と呼ばれて恐れられている。イーライ・ロスはたしかに毛深いけれど熊とは程遠い優男。他のバスターズの面々も、やせっぽちで、気が弱そうで、ひと言で言えば典型的なイジメられっ子タイプの青年ばかり。

「そこが面白いんだよ。バスターズなんて名前だからゴツい奴らだろうと思うと、出てくるのはヘブライ語学校の生徒みたいな兄ちゃんなんだ」

 カソリックの子供が日曜学校に、日本の駐在員の子供が日本語補習校に通わされるように、ユダヤ系の子供はヘブライ語学校に行かされる。

「クエンティンはわざとユダヤ系のステレオ・タイプみたいな男ばかり選んだ。たとえば......ウディ・アレンみたいな。ユダヤ系といえば弱っちいイジメられっ子、またはコメディアンだと思われている。そのイメージはハリウッド映画によって作られたんだけどね」

 ハリウッド映画にもたくましくて男らしいユダヤ人はいっぱいいる。カーク・ダグラスや、ポール・ニューマン、ジェームズ・カーン、ハリソン・フォード......。

「でも、彼らは映画では決してユダヤ系を演じない。奇妙な話だよ。だってハリウッドはユダヤ系が作ったのに、自分たちのイメージをヘナチョコの道化者に固定しようとしたんだ」

 それは迫害から身を守るための防衛手段だったのかもしれないが。

「だから僕はこの役でユダヤ人のステレオ・タイプをぶち壊したかった。焼け落ちるセットの中の銃撃戦はCGなんか使わない命がけの撮影だったけど、虐殺された600万人の同胞のために頑張ったよ」

 イーライ・ロスはこの役で映画史に残るだろう。なにしろ、トム・クルーズさえできなかったことをやっちまったんだから!