Dhara Ranasinghe Amanda Cooper
[ロンドン 3日 ロイター] - 金融市場は中東紛争や急増する政府債務、貿易摩擦という重圧に苦しんでおり、日本やフランスの国債が売り浴びせられ、新興国通貨が急落するなど世界中で不安の兆しが見られている。さらに今、投資家の楽観的な見方を支えてきた唯一の投資対象にもひび割れが生じ始めている。人工知能(AI)だ。
トランプ米大統領(共和党)の規制緩和的な姿勢にも助けられ、AIには数兆ドル規模の巨額投資が流入。株式市場はAI関連株にけん引されて一時は過去最高値を記録し、2026年の世界経済は3%の「堅調な」成長を遂げるという予測が出ていた。
しかし、投資家は市場の強靱性に不安を募らせている。トランプ氏の予測不可能な通商政策や、イラン攻撃がもたらしたエネルギーの供給ショックが世界的なインフレ圧力を再燃させた。AI関連の設備投資の急増や、政府の多額の国債発行も相まって、金利は数十年ぶりの高水準まで押し上げられている。
米中間選挙、不安定な地政学的状況、そして中央銀行の政策により、年末にかけて不確実性がさらに高まることが予想されている。そんな中で、一部の投資家やエコノミストは、世界経済のリスクが高まっていると指摘する。
米金融大手ゴールドマン・サックスの元チーフエコノミストで、英財務省政務次官を務めたジム・オニール氏は「金利の上昇は、常に最もぜい弱な部分をかぎつけ、露呈させてしまうようだ」とし、「リスクに過度にさらされている国や企業が、最も大きな打撃を受けることになる」と指摘。その上で「ある意味で、これまでにAI関連取引でさらなる混乱が生じていないことが、私には意外に思える」と語った。
投資家らは10月にAI関連株から一斉に資金を引き揚げ、相対的に安全な資産の国債へと逃避したことで、市場の動揺が突如表面化した。
ハイテク銘柄が中心のナスダック100指数は2兆ドルを超える時価総額が吹き飛んだ。ハイテク大手の決算発表を受け、AI関連に投じられた資金が十分かつ迅速にリターンを生み出せるのかにより厳しい目が向けられるようになったためだ。
一部のハイテク企業の債券保証コストが急騰し、計画中のAIデータセンターの中には資金調達に苦戦するものも出てきた。韓国や中国から米国に至るまで、ハイテク銘柄の株価は軒並み急落した。
投資家らは国債に群がり、世界の金利の指標となる米国債10年物利回りは10月22日に20ベーシスポイント近く下落し、1日の下落幅としては2023年序盤以来の大きさとなった。
一方、相次ぐ抗議活動に見舞われたフランスの国債利回りは12年の欧州債務危機以来の水準まで急騰した。
エネルギーの輸入に依存する日本では、国債利回りが約30年ぶりの高水準を付けた。日銀は利上げペースを速めるよう圧力にさらされており、世界の資本の流れを混乱させる可能性もある。
1兆ドルを超える資産を運用しているフィデリティ・インターナショナルの主席ポートフォリオマネジャーを務めるマイク・リデル氏は「状況が悪化しつつある兆候が見られる」とし、フランスやオーストラリアの住宅市場が過去数十年で最悪の不況に陥っていることに言及。さらに、安全資産だと見なされているドイツ国債の魅力が高まっていると説明した。
米経済学者ポール・クルーグマン氏はオンラインニュースレター「サブスタック」に掲載された10月25日付のコラムで、大幅な利上げを招くインフレの持続的な高止まり、国債利回りの上昇、そしてAIブームの亀裂が米経済の主な懸念事項だと説明。その上で「現在の経済には、将来的な危機の前兆となり得る懸念すべき側面がある」と記した。
ホワイトハウスのマシュー・ミドルトン報道官は、トランプ政権がAI分野で米国のリーダーシップを維持し、収入の成長を促進し、経済全体の生産性を高めることに尽力していると主張した。
1997年に勃発したアジア通貨危機を予見したとされるソシエテ・ジェネラルのグローバルストラテジスト、アルバート・エドワーズ氏は「特に注目すべきなのは、市場をけん引する銘柄が極めて限られているという点だ」とし、「ウィンストン・チャーチル(元英首相)の言葉をもじった『株式市場がこれほど少数の銘柄に、これほど多大な恩恵を受けたことはかつてない』という表現が気に入っている」と語った。
一部のアナリストはAI支出がなければ、米国とイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東紛争によるエネルギー価格高騰も相まって、米国経済はすでに景気後退に陥り、世界にも波及していた可能性があるとの見方を示す。
2008年の金融危機当時、米連邦預金保険公社(FDIC)総裁を務めていたシーラ・ベア氏は、現在の状況が金融危機直前の状況と類似した兆候が見られると分析。一例として、金利上昇によってビジネスモデルが脅かされるリスクに直面している金融分野の爆発的な融資拡大を挙げた。
ベア氏は「レバレッジが積み上がっており、AI企業は自らの野心を賭けた資金調達のために、以前よりはるかに多くの負債を抱えている」とし、そこに重大なぜい弱性が見られると言及。加えて「財務が極めてひっ迫しているため、もしも危機が再来した場合には対応力が足りなくなるのではないかと懸念している」と語った。
数カ月に及んでいる中東紛争により、石油供給が混乱して価格は急騰。経済をさらにぜい弱にしている。原油価格は1バレル当たり105ドルと、2026年に入ってから75%近く上昇している。
トランプ氏は、中間選挙後にイスラエルとともにイラン攻撃を再開する可能性を示唆している。
原油価格の急騰が逆風となり、インドネシアからフィリピンに至るまでの新興国通貨が過去最安値を更新。各国の中央銀行は利上げを余儀なくされている。
英イングランド銀行(中央銀行)は7月の金融安定報告書の中で、予測不可能な世界情勢により、さらなる大規模なショックが発生する可能性が高まっており、それらが「相互に作用し合い、複合的な影響を増大させる可能性がある」と警告した。
そうなれば多額の債務を抱えている各国政府は、大規模な景気後退に伴う経済的・社会的影響に対処するための余力が大幅に低下することになる。国際金融協会(IIF)によると、世界の債務総額は350兆ドル超と過去最高を記録している。この数値は世界総生産(GDP)の3倍弱に相当する。
フォーダム・グローバル・フォーサイトの創業者兼地政学ストラテジストのティナ・フォーダム氏は、危機が再来した場合に主要経済国の結束が困難になる可能性があるとの見方を示す。協調体制が弱まっているのを踏まえると、金融危機に匹敵する景気後退が襲来した場合には世界的な大不況を引き起こしかねないと指摘した。
AI関連支出が鈍化した場合、衝撃が世界中に波及する可能性がある。外国の投資家は米市場へのエクスポージャーが非常に高い。8月の米財務省国際資本(TIC)統計によると、米証券の純買い入れ額は2800億ドル近くに跳ね上がり、単月としての過去最高を記録した。
フォーダム氏は、市場リスクについて大富豪の投資家ウォーレン・バフェット氏の言葉である「潮が引いた時に初めて、誰が裸で泳いでいたのかが分かる」を引用し、「その潮はAIだ」と述べた。