私たちが学校で学ぶ「日本史」は、いつ、どのように生まれたのか。江戸時代の武士や儒学者、明治の歴史家たちの営みを通じて、その成立過程をひもとく…。『「日本史」の日本史 ──江戸から明治の学問と社会』(三ツ松誠・著、ミネルヴァ書房)の「序 学問としての「日本史」と、その外側に在るもの」より一部抜粋。  ※ウェブ転載にあたり、算用数字への表記変更を行い、また改行を増やしている 


フィクション・偽史・ナショナリズム

専門的な日本史研究の限界を最近始まったものと見るのは難しい。

まず考えておきたいのは、日本史上の様々な事項に関するパブリック・イメージの大きな部分が、小説や漫画、ドラマやゲームのようなフィクションによって成り立っていることだ。これらコンテンツとしての日本史需要は、必ず学問的な日本史需要につながるわけではない。

演じる役者が好きで大河ドラマを楽しんでいるファンに、演じられた人物に関する研究史上の現在を語っても、興味を持たれるとは限らない。人物の歴史的実像にこだわることが、そのキャラクターの自由で多様な享受を否定する主張として受け止められる可能性もあるだろう。

逆に、最新の研究成果をドラマに丁寧に反映させても、それだけで物語が面白くなるわけではないし、複雑な人間関係や出来事の流れをすべて描き出すことはできない。歴史的に正しいが見栄えのしない衣装やセットを準備し、わかりにくい言葉遣いの再現に努力しても、なかなか報われまい。

近年では時代考証学会のような組織も設立され、フィクションと歴史学者との距離は昔に比べて縮まっている印象も受けるが、やはり線引きはある。

明らかなフィクションが事実として通用する状況は肯定できない。だが事実を味方にしさえすれば、魅力的で、それゆえに影響力のある歴史物語を描き出せる、ということにもならない。

研究者の立場から司馬遼太郎のような歴史小説家を批判することはできても、研究者が司馬にとって代わることは至難の業である。研究者も関わった丁寧な時代考証が大成功の一因になった「SHOGUN 将軍」も、そもそもジェームズ・クラベルの人気歴史小説の映像化である。

面白い歴史・都合の良い歴史のほうが、学問的に見て妥当な歴史よりも好まれる傾向は、他にも見られる。たとえば、「江戸しぐさ」として喧伝されて一世を風靡したマナーとその来歴は、江戸時代に根拠を見出せない、一種の偽史である。

しかしその指摘がなされた後も、古くからの伝統という基礎付けとともにマナーを教える材料として都合がいいからか、しばらく多くの学校教材に掲載されていた。いちいち偽史の相手はしない研究者が多数派だったことが対応の遅れに影響したのだろうか(原田 2014、2016)。

あるいはまた、学問的には首をかしげざるを得ないような説が広がって「史跡」が創出され、利用される事例もある。

学問としての「日本史」の社会的需要
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