いじめの影響は「学校時代」だけでは終わらない
つまり、いじめ被害の影響は学生時代だけに限定されるものではなく、そのトラウマはしばしば生涯にわたって続くということだ。事実、中高年になっても小学校時代のいじめの記憶に苦しむ人はいる。決して特殊なケースではないという。
著者も40年近く前、長期にわたるひきこもり状態となり、「万引きしろ」という幻聴にそそのかされて万引き行為を行う男性を診断したことがあったそうだ。男性は中学時代に激しいいじめに遭い、主犯格の生徒から何度も万引きを強要されていたという。著者は、この体験が幻聴として再現されたとみている。
そののち男性には改善がみられたため退院となったが、自宅に戻ってしばらくすると「聴覚性フラッシュバック」が悪化し、万引きを繰り返して逮捕されることに。不起訴となったものの、帰宅後に縊首による自殺を遂げたのだという。
この男性は私に、いじめ被害の影響がきわめて深刻であること、その影響が、きわめて長期にわたって続くことを、はじめて教えてくれた。世にいう「いじめ自殺」は、そのほとんどが、いじめ加害の最中か直後に敢行された自殺を指している。少なくとも、これまで大きく報道されてきたいじめ自殺の事例はすべてこちらに該当する。しかし、この男性のように、いじめ被害が起きてから長い年月が過ぎた後に起こる自殺は、実はかなり多いのではないだろうか。本来ならこうした自殺も「いじめ自殺」と呼ばれるべきではないだろうか。(5ページより)
もちろん自殺事例ばかりではなく、「ひきこもり」も問題のひとつだ。ひきこもりを専門とする精神科医である著者が相談を受けていると、いじめ被害の体験をきっかけとしてひきこもってしまった事例に出会うことが珍しくないというのだ。
その頻度の多さから、児童虐待やDVと同等かそれ以上のPTSD事例が、いじめによってもたらされていると考えているそうだ。ただし深刻な事例ほど長期のひきこもり状態となるため、実態を把握しづらいという側面もあるようだ。だとすれば、なかなか理解されなかったとしても無理はない。
PTSDのおよそ50%は自然治癒が期待できるようだが、そのためには一定の条件が必要とされるらしい。
いじめに関しては、被害を受けたあとも社会参加の場所があり、そこで得られた良好な人間関係によってトラウマを「上書き」できた場合には、治療を受けなくとも回復できる可能性はあるようだ。しかし、ひきこもりの場合は「良好な人間関係」が獲得できない。
つまり、ひきこもり続けるいじめの被害者は、生傷がずっと開いたままの状態を維持することになる。そのため、被害から数十年の歳月を経ても、いじめのトラウマが昨日のことのように記憶に残り続けてしまうということだ。そして、終わることのない苦しみに耐えられなくなって自殺の道を選ぶこともありうるわけだ。
著者がこれまでに出会ってきたといういじめ後遺症の事例のなかから、ひとつご紹介しよう(個人が特定されないよう、細部を変更して複数事例を合成したものだという)。